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「___かく、ご」
簡単に間違いが起きてしまいそうな距離
うるさい心臓の他に何も判らない私は、ほとんど息のような声で、太宰さんの台詞を確かめるように零した
「こうされて逃げ出す力なんて、Aちゃんにはないでしょ?」
太宰さんが言葉と共に、ゆるりと妖しく微笑む
そんな彼が見えて、口より頭より先に体が答えるように起き上がろうと力がこもった
それでも、私がいくら押し返したって、太宰さんはびくとも動かない
余裕を纏った表情は、いつまでも崩せないまま私の上にあって
「諦めた方が賢いと思うけどね」
終いには、そんな風に云われてしまった
顔が、耳が、全身が熱に包まれる
唯一自由だった左手すら、太宰さんの大きな手に縫い止められた
視界に揺れるのは、外套の砂色と包帯の白
「Aちゃんこそ、男の家に上がってるなんて知られたくない人とか、居ないの?」
「……居ない、です」
どうしようもなく近い
顔を逸らしたって意味を成さない
「こうして男と___、私と、二人きりで居ることを知られて困る人も?」
「……っ、居ません、けど」
そう云うと、太宰さんは首を傾げるような仕草をして私を覗き込んできた
そんなのしなくても頭の切れる貴方なら、きっと私の云いたいことなんて、手に取るように判るくせに
「あの、この距離……落ち着かない、です……」
わざわざ私に云わせるのは、意地悪だ
ほら、私の言葉を耳にしてなお、悪戯っ子みたいに顔を綻ばせたりして
いや、悪戯っ子と云うには、色が過ぎるのだけれど
その柔らかい蓬髪が私の頬を掠めるほど、太宰さんの顔が首元へと寄せられて、囁かれてしまったらもう
「じゃあ、こうすれば落ち着く?」
近いどころなんて騒ぎじゃなくなった
「近くて焦れったかったのだよね? だったらくっついてしまえば良いかと思って」
「え、そ、そういう意味じゃ……!」
何にも出来ない手足の代わりに、心臓がこれでもかと暴れ出して熱を運んだ
いつもと違って正面からの抱擁、私に体を預ける太宰さんの姿が目に映る
胸がぎゅっとなる感覚に、何とか息をしてやり過ごそうって、目を閉じかけたのに
「___なんてね」
薄いと思っていた背中は逞しかった
細いと思っていた腕には敵わなかった
そんな大きな温もりが今、私から離れていったことが寂しいのだからどうしよう
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桜月(プロフ) - 完結、おめでとうございます!!太宰さんの仕草や言動のひとつひとつにすごく胸がきゅっとなって、、めちゃめちゃキュンキュンしました!とても読んでいて楽しかったです!! (2021年10月11日 0時) (レス) @page28 id: cb743e60b6 (このIDを非表示/違反報告)
千桜里 - はじめまして!太宰さんの心情や行動にとてもドキドキしました!!本当に面白かったです! (2020年9月29日 12時) (レス) id: d647e09f50 (このIDを非表示/違反報告)
ヲタ娘(プロフ) - はじめまして。ヲタ娘です。すごく胸がキュゥ……として、フワフワっとしました! とっても面白いです! (2019年3月4日 20時) (レス) id: 737d873cb6 (このIDを非表示/違反報告)
桜紅葉 - 完結おめでとうございます!リクエストよろしければその後の話が読みたいです。お願いします。 (2018年3月7日 6時) (レス) id: 54de0e772b (このIDを非表示/違反報告)
月ノ輪(プロフ) - 完結おめでとうございます!すっごく可愛くて胸きゅんばっかしでした!他の作品も楽しみにしています♪ (2018年2月22日 13時) (レス) id: 3aab0973d9 (このIDを非表示/違反報告)
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