35錠目:『光陰スペクトルマグナの如し』 ページ34
_
｢と、特効薬......?!｣
｢うん......俺にしか効かない特別な、薬｣
佐曽塚は再度スプーンを口へ運び、パンを齧り咀嚼をし飲み込んだのち、満足気に話し始めた。
｢俺はAに再会してなければずーっと苦しい渦の中に閉じ込められたまま......死んでたかもしれない｣
｢そう、だね......｣
｢だからね、死ななくてよかった｣
何処か孤独を抱えているような朱殷色と濡羽色の瞳が、私を捉えて離さなかった。
｢暗い話して、ごめんね...はいっ｣
｢わっ...!!｣
差し出されたブルスケッタを勢い良く齧ると、たっぷりと乗ったトマトの甘みとバジルの風味が広がってとても美味しい。
うん、幸せだ。
すっかり空になったテーブルの食器たちを片付け、入浴し、就寝する。
積み重なる書類を片付け、佐曽塚には個人経営飲食店の何たるかを教え、コーヒーの淹れ方、料理の作法を叩き込む。
｢そう、ゆっくり......｣
｢ネルドリップ式は難しいにゃ〜......｣
｢凄く上達したって!! お店で出しても遜色無いくらいには美味しく淹れられてるよ｣
要領の良い彼はそれを直ぐに飲み込み、時折定期検診へと病院へ向かう。
そんな毎日を繰り返して、あっという間に2週間が過ぎた。不備が無ければ、彼の退職届も時期に受理されるだろう。
｢A、見て!! ワッフルもパンケーキも焼き目が均一になってるよ!!｣
｢わ、完璧ね!! 細かい飾り付けも殆ど覚えたし、主食もある程度は作り方を把握してくれたし、準備万端だね｣
｢ふにゃぁ〜...達成感...!! 俺、お風呂入るけど......A、先入る?｣
｢ううん、まだ片付けることがあるから、お先にどうぞ｣
｢行ってくるにゃ〜｣
この1年弱、古今東西を奔走した気がする。テナント契約や食材調達の提携、家具の発注や看板デザイン、佐曽塚の療養補助......あんなに大好きで嗜んでいたお酒も、プライベート用の品種さえ店頭に並べてしまった。
｢......あれ、おかしいな｣
愛用しているボールペンをノックするどころか、全身に全く力が入らない。
身体がフワフワと揺れ動くような感覚、耳鳴りも酷いし、目眩が襲って抗うことが出来ない。
ぱちん、と手元から跳ねたボールペンが音を立てて床へ落ちる。拾わなきゃと手を伸ばしたところで全身を支える力は、今の私には無かった。
｢あ、やば__｣
ぐにゃり、ぐにゃりと歪んでいく視界の中、何とか意識を保とうと奮闘したとてその行為は無力でしかなく、私の意識は闇の沼へと沈んでいった。
_
続く (更新停止中)
お気に入り登録で更新通知を受け取ろう
←34錠目:『懐かしの味、ある愛の詩に』
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 57人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
星猫 - もう一つのｐｃがしました。初めまして！とっても素敵です！高評価しました！ (2021年9月8日 11時) (
レス) id: 7d3fe1e696 (このIDを非表示/違反報告)
棘水(プロフ) - ゆりりんさん» わ〜!! 勢いある挨拶ありがとうございます〜^^ ちまちま更新していきますので気長にお待ち頂けると幸いです (2021年2月2日 1時) (レス) id: f96d68692e (このIDを非表示/違反報告)
ゆりりん(プロフ) - まず最初に…好き!!（挨拶）続きが読みたくてたまらないです！ (2021年2月1日 20時) (レス) id: 9679665185 (このIDを非表示/違反報告)
アインツバル - 棘水さん» 了解です！また何かあったら声掛けますんで、これからも更新頑張って下さい！！ (2019年4月9日 15時) (レス) id: db0b681609 (このIDを非表示/違反報告)
棘水(プロフ) - アインツバルさん» コメントありがとうございます!! が、合作イベント....!!大変魅力的で参加したい気持ちは山々なのですが私生活の多忙や内容が合作内容が全く分からず他の皆様にご迷惑をかける可能性しかないので今回は辞退させて頂きたく思います....また機会がありましたら是非....!! (2019年4月8日 22時) (レス) id: c7cb6e701d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：棘水 | 作成日時：2018年7月20日 13時
