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拾捌 業火 ページ19

目を覚ましたとき、そこには誰もいなかった。汽車の中だというのに、前の車両からは信じられないような爆音が鳴り響いている。
鬼が出たのだろう。杏寿郎たちはその討伐に向かったと見たほうが納得がいく。
わたしなど、お荷物になるだけなのだから、ここでジッと座っているのが、本当は利口なのだろう。
頭の中では、理解していた。けれど、両親には何も言わず、杏寿郎の反対を押し切ってまで来たのだ。
刹那の生、今更何を恐れるというのか。

「さすがに無理ですよね、これ……」

壁や天井が、グネグネと幼虫のように動き出す。
恐れるものは何もない……が、気持ち悪いものは気持ち悪い。
こちらにジリジリと近づいてくる肉の塊(食用ではない)に、わたしも同じ距離だけジリジリと下がるものの、歩くのがやっとのこの身体、普通よりは比較的優しい鬼ごっこもすぐに終わる。
肉塊が、わたしの両手足にへばりついた。しかも、かなり強い力で。

「彼女に触るな!」

快活な声と同時に、見慣れた羽織が視界で揺れる。
炎を纏っているかのような、赤々とした炎刀が振り下ろされる。その斬撃をなぞるように、赫々たる業火が走る。

「すまん!無事か?」

堂々たる偉丈夫は、わたしの腰に手を回して引き寄せると、車内の肉塊から守るように、羽織を頭から被らされた。
杏寿郎の匂いがするな、となんとも場違いなことを考えているうちに、肉塊は一掃されていた。
彼が鬼殺隊の柱だというのは、知識で知ってはいたが、実際に目にすると、彼の実力の強者としての気迫に息を飲む。
彼は本当に、戦っていたんだと。わたしならば恐怖で身が引き締まってしまうような、地獄絵図の中でも、彼は果敢に心を燃やしているのだと。

「……失礼する!」
「きゃっ」

変な声が出たな、と思わず口元を手で抑える。
杏寿郎はわたしを片腕で抱え込むと、そのまま姿勢を低くし、ダンっと床を蹴る。
視界の隅から隅までを、赫々たる焔が覆い尽くす。熱く燃え尽きてしまいそうなのに、わたしは不思議と安堵した。
杏寿郎の心臓の音が、聞こえるからかもしれない。
熱いというよりは温かく、けれど冷めきった火を燃え上がらせるような心強さもある。

「……」

わたしを抱えてくれている、杏寿郎の手を握りしめて、目をつむる。心なしか、わたしを抱える手に、さらに力がこもったこもった気がする。
息をするたびに、胸が苦しい。手足の感覚も、日に日になくなりつつある。
でも生きたい。貴方の隣で、これからも。

拾玖 鬼→←拾漆 幸せな夢



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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時

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