拾陸 優しい形 ページ17
竈門 炭治郎は、穏やかな笑みで眠る女性に安堵していた。
炎柱である、煉獄 杏寿郎の肩に頭を寄せて、汽車に揺られながらも、規則正しい呼吸をしている。
顔色は良くないが、咳が治まっている。
炭治郎が女性、Aと会ったのはほんの数分前。咳き込みながらも挨拶をする彼女からは、申し訳なさそうな、悲しい匂いがしていた。
「うおおぉぉ!すげぇすげぇ!」
「そんなに飛び出すな!落ちるぞ!」
汽車の窓から顔を出す猪頭の少年、伊之助を、黄色い髪の少年、善逸が子供か!と注意するが、全く聞いていない。
そんな微笑ましい光景を前に、炭治郎は弟妹たちのことを思い出し、僅かに目を細めた。
出会って早々に、うまいうまい!と空の弁当箱を山のように積み上げて行く杏寿郎に驚かされたが、初対面の時とは随分と違う印象を受けた。
隣に腰掛けるAが原因か、炎のように熱く真っ直ぐな匂いの中に、柔らかな匂いがした。春の訪れを伝える、ミモザのような、甘く優しい匂いが。
『貴方の鍔は綺麗ね。悲しいくらいに、優しい形』
炭治郎の刀を見た、Aの言葉だ。後から鍔職人と聞いていたが、炭治郎にはよく分からなかった。
炭治郎で言う所の、優しい匂いということだろう。
「Aさんは、鬼殺隊の人ではないんですか?」
まさかな、とは思いながらも、炭治郎は躊躇いながらも聞いてみる。
Aの手には、日輪刀がない。上手く隠しているのだと推測していたが、彼女の手や振る舞いからは、武術の武の時も感じられない。
「ああ!Aに武の心得は全くない!」
「そうですよね……え?」
まさかの答えに、炭治郎は杏寿郎から逸らした視線をもう1度向ける。見事な2度見である。
杏寿郎はと言うと、焦点が合っていないが、壊れやすいガラスでも触るように、そっとAの手を握っていた。
炭治郎が今までに嗅いだことのない、優しいけれど不思議な匂いがした。
「だから、俺が必ず守る」
今までの溌剌とした声とは違う、小さいけれど力強い声には、並々ならぬ決意が込められていた。例え何があろうと、どうか生きて欲しいという、切なる願いが。
その言葉の真意を、そのときの炭治郎は知らない。これから起こす、次元を超えた修羅に絶望することになるなど、このときは誰も知りはしない。
虚飾の中の、幸せな夢を見て命果てる方が、幸せなのかと思わせるほどの地獄を、彼らはまだ知りもしない。
選べる道は、ただ1つ。それを選ぶとき、人はいつも過去を見る。
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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時