【本編小説】この夏は君と。 (ページ8)

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◆木陰、沖融たる[三葉梢] ページ8

「梢ちゃん、今日も元気だね」

「え、香奈ちゃんもこっち来る？」

自分に届くように、と気を遣ってくれているだろうか。声を張って伝えてくれる友人を、少し高い所から見下ろす
現在、私が腰掛けているのは大木となった楠木の、幹の様に太く、筋肉の付いた腕の様な枝である
樹皮にスニーカーの爪先を掛け、しがみつく様に上るのは容易い。友人は皆、山育ちである自分との比較に肩を落とすが、木漏れ日の差す地上で笑って会話の受け答えをしてくれる

「梢、お前宛ての手紙。ポストの中ぐらい確認しろよ」

「恭平持ってきてー！」

「無茶言ってんじゃねえ！」と下で吠える長男にひっそりと嘲笑を溢す。就活に燃える黒髪のこの男と、文字通り手の届かない位置に居る私。髪色は全く違うが、れっきとした兄弟である
再び幹に掴まりながら幹の三分の一程の高さまで下り、そこから軽く飛んで地面に着地する
しかしながら…公園にスーツ姿で来る此奴の浮き様はどうにかならないだろうか

「ほらよ。じゃ、俺内定貰ってくるから。香奈ちゃんもバイバイ」

「はい！」

「その台詞六回目だよ。内定いくら集まったら満足すんの？」

「減らず口叩くんじゃねぇ」

受け取った白封筒を指でなぞりながら挑発の言葉を投げ付ける。外だから自重されたが、家だと一発食らうだろう。裏返して右下に目を遣ると、成程。確かに綺麗な文字で"三葉梢様"と綴られているではないか

少しずしりと重みのある封筒を開封すると、底の方に何かが同封されていた
手紙を左手で押さえながら下に傾けると、ぽとり、と手の平に落ちてくる。ゲームのアイテム欄でよく見るような、アンティーク調の鍵。名前を知る由も無い黄緑の宝石が光を集め、屈折させている。手の平の上で燦々と輝く黄緑色の光が眩しい

手紙は家に帰ってから読むとして、今はじっくりとこの鍵を、もっと言えば宝石を見ていたい
雲一つない晴天を友人と宝石越しに捉えると、黄色が差して黄緑に映り、全てが緑がかったっていた
文房具屋で売買している蛍光ペンの様な目に痛い蛍光色ではなく、眼に優しい茂った木々の様な黄緑

「梢ちゃん、誰からのお手紙？」

「分かんない。差出人のとこに名前無いし…」

友人の受け答えをするも、耐えきれず再び封筒を開ける。糊付けがもう無い封筒は先程よりも簡単に口を開いた
がさがさと弄る様に封筒から鍵を取り出し、光に翳す
先程上っていた楠木に焦点を合わせると、宝石はより一層美しく葉を見せた