或男の恋譚：第二幕 ページ44
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「………何だったんだ、あの客は」
大柄なわけではないが、豪快な性格に特徴的な鮫歯。
適当に切られた髪の隙間から覗く顔は整ってはいたが、それを隠してしまう程残念な点が多かった。
青みがかった黒髪を短く切り、彫りの深い秀麗な顔立ちに眉間を寄せる店主。
あの男は《自慢の妹》の特徴を言うだけ言って、酒をたらふく呑んで帰って言った。
男の言う妹の話に店主は自然と惹かれてしまった。
相槌を打つだけにしていた会話にも飽きてきて、男の言った特徴を想像して思い浮かべたのだ。
だがそれを想像して馬鹿馬鹿しい、そう思ってしまう。
それ程に男の言う妹やらは容姿が整いすぎていたのだ。
《まず始めに、新雪の様に透き通る白い肌＿＿＿》
『＿＿＿＿すいません、空いてますか？』
一人の若い女の客が入ってきた。
女は紺色の着物を着て、上品に暖簾をくぐって入ってくる。
女を通して、机に置いた手を見た。
その手は店主が丁度想像していた様に真っ白く美しかった。
目線を段々と上へ上げていく。
《白い首に、頸に溢れる後れ毛は白い画仙紙に唯一の色を指しているようで＿＿＿＿》
着物からチラリと見える頸は息を呑むほどに白く、そして美しい。
《唇は熟れた果実の様に赤く噛り付きたくなるほど妖艶＿＿＿》
『あの、ここって………』
女の唇はみるものに噛り付きたくなる程の甘い衝動を与える。
《声は普通の女子よりは低いが、聞きやすくってなあ＿＿＿＿》
『お汁粉ってありますか？
あ、それか桜餅とか………』
女の発する声は不気味な程に店主の耳にするりと入り込んできて、脳の中でその言葉が反芻される。
《結い上げられた髪は光に照らされて、黒の中にある葵髪がよく映えるんだ＿＿＿＿》
上の方で結われた少しだけ色素が薄く、葵が美しく馴染む髪が目にとまる。
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作者名：鸞宮子 | 作成日時：2020年1月12日 16時
