或男の恋譚:第一幕 ページ43
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「____拙にはなあ、自慢の妹がいるんだ」
「………なんのお話ですかい?」
これは古い会話。
百年も前のヨコハマで交わされた、誰も知らない、受け継がれることもない様な会話。
古ぼけた、木が軋む音を立てて客を迎え入れる様な居酒屋。
そこには一人の常連客と、彫りの深い顔が特徴的な店主がいるだけ。
常連客の方は、無造作に伸びた漆黒の髪を後ろで結い、目にかかる程の長さの前髪から微かに赤く染まった頰を覗かせていた。
普段は口を開かない目の前の客に店主は訝しげに目を細め問うた。
客の男は、その質問にグラスを揺らして答える。
「なあに、拙の妹はなあ。
こおーんなに別嬪さんで、こおーんなに小さくて、こおーんなに凄いんだぞ」
「そんなに可愛い妹さんなんですかい?」
「ん〜、いんやぁ。
彼奴はなあ、妹と呼ぶのを嫌がるのさ。
まあ、気持ちも分からんでもないがなあ」
微妙に噛み合っていない会話を続ける男。
店主は自分が聞きたいことに答えてくれない男に微かな不満を持ったが、此処で喧嘩を起こすのも馬鹿な話。
酔っ払いの戯言だと思って聞き流すことにした。
「拙の妹はなあ、自分の性別を教えてくれないんだよ。
だから妹って言ったら怒るから、弟って呼んだんだ。
そしたら、《呼び方変えても意味ないから》なんて言ってさあ。
本当に可愛くってねえ」
「可愛くて仕方ないから勝手に妹って呼んでんだよ」と言って酒に口をつける男。
店主は兄が自分の兄弟の性別を知らないものなのか、と不思議に思いながら話に相槌を打ち続ける。
すると男はそれに気を良くしたのか、「それでよお」と前置きしてから、鮫歯の特徴的な口を豪快に開け笑った。
「彼奴は、拙がいなくなればずっと独りぼっちだ。
拙はもう長くないからよお。
____だから、拙が居なくなる前にアンタが彼奴を嫁に貰ってやってくれねえか?」
「____は?」
「確かに彼奴は性別が分かんねえが、男でも女でもいける顔だ。
見た目も俺が保証してやる。
なあに、体の関係さえ持たなけりゃあ、平気なはずさ」
「お客さん、なんの話を__」
「ああ、でも御前さんに彼奴の体は預けらんねえなあ。
心は別に良いが、御前さんに俺より先に彼奴の性別を知られちゃあ兄の顔が立たねえってもんよ。
………まあ、何にせよ彼奴を幸せにしてやってくれ」
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作者名:鸞宮子 | 作成日時:2020年1月12日 16時