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君が書きたかった小説 ページ18

久しぶりに見た悪夢。

元来寝覚めの悪かった陽の寝覚めは更に悪くなり、目付きは鋭くなった。

もう一度布団に潜り込もうとするが、先程の悪夢が頭から離れず、渋々布団から出る。








『____はぁ』









幾ら冬ではないとは言え、夜明け前の風は冷たい。

深く息を吸い込み眠気を殺し、時刻を確認する。

時計は未だ五時をさしてもいない。

思ったより早く起きたな、と水道水をコップに注ぎ飲み干した。

ぐしゃりと長い前髪を握り、強く唇をかんだ。








____思い出すのは昨晩見た悪夢のこと。

陽がヨコハマを破壊した原因で、人を殺さなくなった原因、殺し続けなかった原因。









『作之助君。
君はどんな小説が書きたい?』









寝巻きから着替え、未だ闇に覆われている米花町をふらりと歩く。

異能を使い、空に道を引いた。

歩く度に生まれ、消えていく幻想的な氷の異能。

あたりに冷たい冷気を撒き散らしながら、東都の町からヨコハマの街へと渡っていき、鬱蒼と木々が生い茂る森の中にある廃墟に降り立つ。









『………君が書きたいと思う小説を私は書くよ』









廃墟の壊れた棚の中に入っているのは埃の被った茶封筒。

その中には薄く黄ばんだ古い原稿用紙が何枚も入っていた。

だが陽はそれを使わずに、家から持ってきた新品の原稿用紙を二、三枚取り出す。








『漱石君には、申し訳ないかな』









そう言って陽が思い浮かべたのは猫のように自由奔放な老人。

己の友人が好きだと言った作家の名を呟き、微笑を一つ、誰もいない空間で零した。









『______』









朝焼けが廃墟の壊れた天井の隙間から差し込んできて、十分な光を与えてくれる。

万年筆を休まずに動かし続ける陽の口は微かに動き、唄を口ずさんでいた。

それに同調するように、小鳥も囀り出し、小さな音楽が森の中に響く。









『嘗てヨコハマを守った双黒も次の代へと移った。

闇の中で生きていたものも、光の世界へと踏み入れられるようになった。

一つの都市のために、白と黒が手を組んだ。



____世界は変わっている』









陽は自身の髪に一部だけ入っている青を摘む。

それをまた撫で付け、目を伏せて手を止めた。








『____私も変わるべきかもしれないね』









そう言って、陽は輝く月を仰ぐ。









『そう思うよね____兄さん』

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作者名:鸞宮子 | 作成日時:2020年1月12日 16時

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