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その日の仕事が終わったのは日が暮れてからだった。いつもならそのまま宿舎に帰るが、1ヵ月もAに会えていなかったので無性に会いたくて。昼間しか会ったことなかったし、あそこでピアノを弾くのは明るいうちだけということも知っていた。
分かってた。こんな時間に行ったところで会えないということは。それでもAの面影を探してしまう。
田舎故に電灯が少なくて、昼間に歩いている時とはだいぶ印象が違った。そんな暗闇の中、ちらちらと小さな灯りがふらついていることに気付いた。ちょうどAがいつもピアノを弾いている辺りだ。
まさかな…そう思いながらも、どこか期待している自分がいる。早足で小さな灯りの方へ向かった。ガシャと音を立ててフェンスに手を付けて寄り、灯りの正体を見ようとする。
「きゃ?!」
音に驚いたのか、灯りの方から小さな悲鳴が聞こえてきた。この声は…
「A?」
俺の呼び掛けに息を呑む音が聞こえてきた。
「ゆ、ユンギさん…?」
「お前こんな時間に何やってるんだよ」
「ユンギさんこそ、どうして…」
「俺は今仕事が終わったんだよ」
「今終わったんですか?遅くまでお疲れ様です」
「あぁ疲れた…」
心からの言葉にAは苦笑する。
「お前こそ何やってるんだよ。暗いんだから出歩いてたら危ないだろ」
「敷地内だから大丈夫ですよ。ちょうど戸締りとかの確認をしていたんです」
「まぁ…そのおかげで会えたからいいけど」
「お疲れなのに来てくださったんですか?」
「もう1ヵ月も会ってなかったから」
「本当ですね。ユンギさん忙しいんだろうなって思っていたので、わたしも会えて嬉しいです」
相変わらずふんわりと笑う女だと思う。1日の終わりだというのに疲れを感じさせない雰囲気に、へとへとになっていた俺の疲れも癒されるようだった。
「あの…おこがましいことだと思いますけど…ユンギさん会いに来てくださったんですよね?」
「あぁ」
「お疲れだと思いますけど、少しお時間いいですか?」
俺の様子を窺うように話すAに、大丈夫だと返事をする。そうすれば嬉しそうにAは礼を言う。
「じゃあ柵伝いに裏まで来てください」
そう言うAは柵の反対で歩き始め、それに倣って俺も歩き始めた。柵を挟んで歩きながら会話を続ける。
この柵が俺とAを隔てるものだった。Aはこの柵を超えてこちらには来ない。俺もこの柵を超えて向こうには行けない。
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涼音1006(プロフ) - 藍さまのお話を読むと、しっとりした空気を感じたり、優しいメロディーが聞こえてくるようでとても心地良いです。1日の終わりにベッドの上でゆっくりと読み返すのが楽しみです。これからも応援しております!お身体にきをつけて下さい(*^^*) (2021年6月3日 20時) (レス) id: 12686616a5 (このIDを非表示/違反報告)
涼音1006(プロフ) - 藍さまはじめまして!「キミと奏でる〜」のキラピュアなユンギ氏と(←言い方)、「ひと夏〜」のチャラ甘で砂糖増量(←言い方!)なユンギ氏が最高すぎて、ここ数日で一気読みさせて頂きました♪続→→ (2021年6月3日 20時) (レス) id: 12686616a5 (このIDを非表示/違反報告)
藍(プロフ) - 天然記念物さん» こちらこそ素敵なコメントありがとうございます。1番だなんて、そんな恐れ多いお言葉!嬉しい限りです。次回もキュンキュンできるような作品をお届けできるよう頑張ります。 (2018年8月20日 23時) (レス) id: 7c0b28e720 (このIDを非表示/違反報告)
天然記念物(プロフ) - とても面白かったです。今まで読んだ中で私的に1番キュンキュンしました!素敵な作品をありがとうございました。次回の作品も楽しみにしてます。 (2018年8月20日 22時) (レス) id: 70eef4ddd6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:藍 | 作成日時:2018年8月12日 12時