ニ．愛するために手放すもの--Kazuha ページ5
風が吹き、花弁が舞う。この景色は一年中続くが、見飽きることは無い。
無論、ここから見える風景が全て、同じ景色ではないからだ。花弁の一つ一つをとったとして、どれが同じだと言えるのだろう。
神の目に違いがあるように、人間に違いがあるように。
桜の花弁にだって、違いがあるのだ。
「A、もうじき雨が降る。雷雨になるかもしれんから、中に入っておきなさい」
「……父上、あれはまだ帰ってきませんか？」
「それを言い始めてからもうどれくらい経ったと思っている。あれはこの国を出ていったんだ、そう戻ってくることは無かろう」
私の問いは静かにあしらわれた。扉が閉まる音がしないのは、せめてもの優しさの表れだろう。私は雷が落ちる海を見つめるのを辞め、室内に戻る。
私は彼が、約束を破るような男だとは思えないのだ。彼は確かに私に言ったのだ。
きっと戻ってくる、そのときは必ず結婚を申し込む、と。
あぁ、愛しいですと伝えられたなら、どんなに幸せだったろう。今や稲妻では恋愛結婚をする人はほぼおらず、親の権力維持や自慢話にする為の政略結婚ばかりになってしまった。私も年頃の娘だ、もちろん婚約のお話は頂いている。だが、それでも彼の約束を破ることはできないでいた。
「……信じていますから」
雷雨の向こう側で生きている彼に、ぽつりと囁いた。どうか、届くといいけれど。
私が彼に思いを馳せていると、両親が声をかけてきた。どうやら、情勢について話がしたいようだ。
「今度、幕府軍と抵抗軍が戦をするそうでな。暫くは城下町から出ないようにと仰せつかったよ」
「あら、大変ですね。きっと幕府軍が勝ってくれるでしょうから、祝杯を上げる準備をしておきませんと。A、手伝ってくれますね」
私は返事をすることなく、頷いて返す。母は私を
父がゆっくりと首を横に振る。母はなぜ、と問いかけた。何も言わないのだろう、そう思っていたが今回は違った。
「あれのことで気に病んでいるようだ。仲も良かったから無理はないだろう」
「あ……そう、でしたね。本来ならあの子だって、参加していたかもしれないのに……」
母が察したようにゆっくりと下がった。悲しそうな表情を浮かべているが、それは私を思ってなのか、それともお家柄を思ってなのか。どうせ後者だろう。
両親は私に恋愛結婚をして欲しいと思っていないのだから。
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