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化粧室で身なりを整え、ぼんやりと鏡を見る。
ふと思い出し、スマホをバッグから取り出す。
LINEの通知は、なし。
まぁ、普通っちゃ普通のこと。
でも、少しだけ、寂しい。
...遊びにきてるはずなのに、疲れちゃってる。
もう少しだけ、ここで休んでいこう。
トンッ。
誰かがドアを開ける。
「...A。」
「え、伊野尾さん、大丈夫で、」
私が言い終わらないうちに、急に体は壁に打ち付けられる。
その体は、伊野尾さんに阻まれ、身動きが取れない。
「...どうしたんですか?今日の伊野尾さん、変ですよ。」
「そんなとこないよ。これがいつもの俺。」
そのまま顔を私に近づけてくる。
お酒の、強い匂い。
「ちょっと、やめて下さい。」
「え、いいでしょ?」
「ダメです。誰かに見られたら、大変です。」
「何で?いいじゃん、見られても。」
「よくないです!ね、やめましょう?」
「...もうさ、皆にバレてさ、ここにいられなくなって会社辞めてさ、2人でどこか逃げよ?」
「何言ってるんですか!本当に、止めて下さい!!」
「嫌だ!止めない!!」
伊野尾さんは、私の両手を掴んで、離さない。
華奢な体からは、想像もつかない強い力で、何度も何度も唇を押し付けてくる。
初めて、恐いって思う。
誰か、助けて。
...でも、遠くの部屋にいる人たちには、絶対、知られるわけにはいかない。
どうしたら、いい?
「A、好きだよ。」
荒々しい動きとはうらはらに、声は、いつもの優しい伊野尾さんのまま。
「...お願い、もう、やめて...」
私は誰にも届くことのない言葉を、ずっと呟いている。
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作者名:Momanao | 作成日時:2019年9月8日 23時