歪め。【宇髄天元】

歪んだ ページ47

『怖い、か』

絞り出した自らの言葉に、Aは顔を歪めた。

本気で怖がられてるな、これは。
無理もないか。


『俺も怖いんだよ、俺のこと』

Aは何か言いたげに唇を震わせている。

『こんなことをしでかすとは、ついこの前まで考えもしなかったしな…本当だぜ。だからもう、自分が何をしてしまうか分からない』

ぶんぶんと首を横に振るA。

何をされるか分かったものではないから怯えているんだろう。


やっぱり可愛らしいな、と思う。
怯えていようが怯えていまいが、Aは可愛い。


『例えば、俺かA、どちらかが必ず死ななければならない、ってことになった場合』

言いながら、それはいったいどういう場面なのだと考える。

神様のような超人間なるものが現れるのか、
はたまた裏の組織のようなものの取り引きか。

『俺は死なない。つまりAが死ぬ方を選ぶだろうな』

Aは眉をひそめた。

『だって、そんなところで死ぬなんて嫌だろ？
お前が死ぬのはもちろん辛いけど、俺が死んだら元も子もない。
Aの死体を抱えて生きていく方がいいんじゃねえかってな』

例え話だからな、と念を押す。

Aは憔悴し始めている。


『俺はそういう人間なんだよ』

自分と、幸せにしたい人間との『幸せ』が違っていたなら
俺は間違いなく自分の幸せを優先する。


今だって、こうしていなければいずれAは離れていく。

なんとなく分かったから。

『Aには幸せになってほしい。俺が不幸にならない範囲で』

「…こ、こんなの、ちがう」

正しいとは思っていない。


「宇髄くんは、幸せ？」


わざわざそれを聞くか？
幸せじゃなかったら、どうするんだよ。

Aの目を見て、はっとした。

Aの瞳に映る自分が、別人に見えた。

誰だよお前。


俺は、俺の望んでいたことは。
なんだったんだろう、いったい。

幸せってなんなんだ。


『…幸せだ、派手にな』


自分の声は、信じられないほどに虚ろだった。


部屋の隅の、小さな化粧台。

その鏡に映る俺は、もう俺じゃない。
醜く形の歪んだ化け物のようだ。

Aにもそう見えているのだろうか。


『多分、すぐに慣れる。必要以上に自由は奪わない』

大丈夫だ。

『俺はさ、できる限りお前に笑っててほしいんだよ』

大丈夫。

『信じられないかもしれねぇけど』


大丈夫だから。


『ちゃんと、愛してるから』






きっと、大丈夫だ。

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