奏でる ページ21
「やっと全部弾けるようになったんだよ。聴いてく?」
『いや、なんで夜の学校の音楽室でピアノ弾くの。
癖なの?』
「…知らね」
あ、ごまかした。
『思い出した。あの時は、ベートーベンが肖像画から出てきて弾いてるのかと思った』
「出てくるとしたらリストだけどな」
宇髄くんは嬉しそうに笑った。
それから、適当に和音を鳴らしだす。
「で、忘れ物でも取りに来た?」
『ううん、仕事…そしたら、聴こえて』
「どこで俺って分かったんだよ」
うーん、どこだろうか。
初めから分かっていたような、分かっていなかったような。
「会いに来てくれたのかって、思ったけど」
月明かりが長い指を白く浮かび上がらせる。
それが怪しくうごめくと、繊細な音が立て続けに鳴らされる。
『別に、そういうわけじゃない』
「そうかよ」
実際どうなのか分からない。
入っていくべきではないだろうと思っていた。
夜も遅いし、二人きりになるし、警備員さんはどこにいるか分からない。
それなのに、のこのこ足を踏み入れた。
「お前、警戒心あるのか無いのか分かんねぇな。
もっと自分大事にしろよ」
もっともなことだが、宇髄くんが言うのも筋違いなような気もする。
『分かってるよ…でも、そんなんだから駄目なんじゃないの?』
「は」
『時々、何かの気まぐれみたいに他人行儀になって』
滅茶苦茶な言い草かもしれないけれど、本心だ。
だから、寂しかったのに。
だから、離れていったのに。
『…ごめん、じゃあ私帰るから』
「待てよ、こんな時間に危ねぇだろ」
…なんのつもり?
ーーーーー
「それとこれとは話が別だろ。これでお前に何かあったら気分悪いじゃねぇか」
『ご親切にどうも』
別にそこまで不審がってはいない。
宇髄くんにしては珍しいくらいのシリアス声だし。
「気ィ付けろよ」
『うん…』
でも、真意はよく分からない。
感情を押し殺したような顔だ。
『今度、ピアノ聴かせてくれる?』
「…おう」
なんか、調子が狂うなあ。
宇髄くんと居て調子が狂わないときなんてなかったけれど。
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