勇作殿の思うトコロ ページ49
＜勇作目線＞
俺には思い出せない事が沢山ある。
例えば、兄様を突き落とした事による怒りで一杯なのだが、見ているとどこか安心してしまう杉本殿。どういう訳か、俺はこの人を知っている。しかし、それが思い出せない。
そして、俺を救ってくれたと言っても過言ではないA様。兄様よりは劣るものの、負けじと信頼はしている。けれども、何か引っ掛かる…。
この者は、Aは、導かれるままに動くような気がして…何かを呼んでいるような、俺みたいな者しか分からない波長がある気がして……。
しかし、それが分からない。
｢…の………ゆ、どの…｣
｢……勇作殿！｣
｢ふぁっひ、何でございましょうで候！！！｣
考えに耽っていると、誰かに大きく呼ばれて、思わず飛んでしまった。物理的にも精神的にも。
そこを見てみると兄様が居て、何だか不服そうだ。
｢兄様……ど、どうしましたか？｣
｢………………なんでもございません｣
｢貴方こそ、普段は嫌と言うほどに口を開いては喋る癖に、どうして今日は何も言わないのですか｣
｢あぁ、それはですね、考え事を少し…｣
｢勇作殿が？ははぁ、ご冗談を。｣
｢死して尚、考える事は何もござらんでしょうに｣
失礼な、これでも思考は残ってるので考え事はする。あぁ、でも、こんな風に対話するのは夢心地……幸せだなぁ。
兄様は既に捉えた獲物を持っていて、俺はずっと感覚の無い足で直立不動をしていたらしい。もしかして心配してくださった？
｢もしかして心配して下さった？｣
｢そんな訳ありませんよ｣
｢どこかの少尉殿が便所に足を滑って入れてしまう程度にありません｣
｢………｣
いつの話を持ち出すのだろうか！恥ずかしい…！！
ううう、と悶絶していると兄様がさっさと歩き出してしまった…。いかん、見失う事は無いが、兄様の側を離れてはならない。何故ならば…
ひ
ゃ
く
の
す
け
ほら来た。俺が離れるとすぐにこれだ…。
振り替えると、そこには美しかったであろう女性が立っていて、兄様へ手を伸ばしながら近付いていく。ゆっくりと、ゆっくりと……けれども兄様に追い付きそうな速度で…矛盾しているかもしれないが、これ以外に言葉が見当たらない。
俺が兄様の近くに居ると何故かこの女性は止まって、そしてどこかへ消えていく。いつも通り、俺は兄様の後ろを浮いて近付き、そしてまた背後を見る
。
そこには何も、最初から何も無かったような空間だけが残っていた…。
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作者名：文揚げ | 作成日時：2021年10月4日 17時
