カラット＜yb×hk＞

＊ ページ39

…



「迷惑かけてごめんね…」
「ほんっと迷惑かけられぱなしだよ、、
"昔の" ひかるには」



ひかるは感極まったように涙をこらえ、無理に口角を
あげてみせた。
俺も真似をして同じ顔を作ると、涙までうつりそうで
すぐにやめた。



「劇団のみんなもお前は悪くないってわかってるから。
……早く戻ってこいよ」
「……うん。」



ひかるがそっと透明の壁に触れて、性懲りもなく俺も
真似をした。

触れられそうで触れられない、指先からうつったのは
ひかるの寂しいって本音で、だけどそれを受け入れる
器はすでに俺の寂しさでいっぱいで、溢れそうだった。

いつでも好きなものを食べて、どこへでも行けるのに、
眠れないほど寂しいのは、俺の方だった。





「っ、ひかるに触りたい…っ」





"おれバカだからさ"





「うん……やぶ、ごめんね」





面会時間の30分が夢のように過ぎた。
それはあとから思えば、小説の一節のように瑞々しく
美しい時間で、まるでこの事件が俺たちに必要なもの
だったかのように、錯覚させられてしまうほどだった。

それもこれも、脚本家って夢見がちな野郎の職業病だ。





*.+ﾟ





「やぶ、肉まん食べたいっ！！」
「……ただいまとかねーのかよ」





ひかるが不起訴で釈放されたのは逮捕から２週間後の
ことだ。

主犯のじいさん達がひかるの無実を証明してくれたと
後日弁護士からそう聞かされ、俺は老人のひかるへの
愛について一晩だけ考えをめぐらせた末、胸の小箱に
しまった。

じいさん達はもちろん、麻薬取締法の容疑で起訴され
これから裁判が始まるという。





「今日から通しで！途中止めずに最後まで行くから！」





本番まで１週間を切った。
ひかるの事件は仲間の結束を強め、ひかるの目の色を
よりいっそう力強いものに変えていた。
いい事も悪い事も吸い上げ、芝居の肥やしにできる程、
ひかるは役者としての根を深く広く張っていたらしい。





「なぜ月は、おれに何の感情らしい感情も持たない？
おれはここにちゃんといるのにっ…！」





眠れない夜があと何度か幕をおろせば、ひかると俺と
劇団カラットの船出＿＿。

俺はひかるの逮捕が、物語の起承転結でいうところの
転だと信じていて、残すは結末だけだと安心していて
そういうところが凡人なのかと、あとになってみれば
へそで茶を沸かす思いだ。





「あれ、立ち見まで全部Sold…？」





劇場に入ったら観客席に座って、ノートパソコンを開き
チケットの売れ行きを確認するのが俺の日課だ。

初日のチケットがちらほら余っているのは毎回のことで、





…

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