カラット＜yb×hk＞

＊ ページ37

…





嘘みたいに、きれいな名前だ。





毎日どこかで誰かが「ほら、あの子だよ」と言って
ポスターや看板を指さし、口にするはずだった名前。

そのたび、俺が見つけたんだよって笑っちゃうのを
噛み潰す俺＿＿。





「麻薬取引ほう助の疑いで逮捕する」
「っ、なんでっ！？」





切羽詰まった表情で、ひかるは俺の胸ぐらを掴んだ。

刑事がやれやれと優しく肩を叩くのもお構いなしで
ボタンがちぎれる程、俺のシャツを握って離さない。





「っ、おれほんとに知らなかった…っ」
「…わかってるよ、っ、」
「やぶ、信じてっ…」
「…んっ、、」





恋人が目の前で逮捕されそうになったらどうする？
そんなのわかるはずがない。

恋人の逮捕なんて過激なシーンは存在しえない俺の
平凡な人生に、ひかるが真っ赤なペンで書き足した
ことなんだから。





「やぶ、助けてっ…！」
「……ひかる…っ」





屈強な刑事がひかるを連れていく。
ひかるが伸ばした手から、シャツのボタンがひとつ
フローリングに落っこちて、その場でくるくる回り
ずぐに止まった。





「知らないなら逮捕されないって言ったじゃん！！
やぶの嘘つきっ！！」





でたらめな発声、青空まで破ってしまいそうな声が、
ただただ行かないでくれ、って、強く思わせた。

いちゃいちゃしたら練習する、って約束したもんな。





「おい、お前ッ、、」





廊下で刑事二人を突き飛ばした時、俺はこわいもの
だらけだった。
それでも、ひかるをこのまま行かせてしまうことが
何よりこわかった。





「すぐ帰れるって、っ、、俺が迎えに行くから」





両手を束ねて握った。ひどく汗をかいていることに
気づいて、自分の不甲斐なさがたまらなくなった。
ひかるがこれからどうなるのか、教えてやることも
できない。








「俺、ひかるを信じてるから」
「でも…っ、」
「ひかるは悪くないって、ちゃんと調べてもらお」
「でもっ、！」








でも…っ…でも…っ…








「練習……しなくちゃ…っ…」








ひかるの涙が点々とコンクリートにシミをつくった。








真っ昼間の日差しの下、誰にも気づかれない弱さで、
パトカーのランプが赤く光っていた。








…

11カラット→←＊

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す