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食事中はカレーに夢中でわたしはすこしも話さなかったことを急に申し訳なく思っていた。
食べている間の沈黙のことは忠義さんは別に気にしてはいなさそうだったけど(忠義さんもわたしに話しかけたりしなかったし)、他人の家にただ映画を観たりご飯を食べるだけのために来るのはなんとなく卑しい。
「大学院って、なにするんですか?」
だから、洗剤を染み込ませたスポンジでお皿をこすりながら、隣でキッチンに寄っかかって煙草を吸う忠義さんにそう訊いてみた。食事の片付けは自分からやらせてほしいと頼んだ。
大学院。勉強するところだってことはわかるけど、大学と大学院の違いはよくわからない。
「つまらへんことの研究。」
忠義さんは煙をすーっと鋭く吐き出した後、すこし拗ねたような口調でそう言った。
「Aちゃんは高校卒業したらどうするん?」
「多分、働きます。」
ママと進路の話をちゃんとしたことはなかった(去年の11月にあった三者面談にママは来られなかったし)。
でも、自分が大学には進学しないことは暗黙の了解のような気がしてたし、わたしもそれに反論はしない。
「そうよな。」
忠義さんはまた、煙草を咥えた。
二度ほどスポンジを握ると泡が指の間から溢れ出してきて、水分を含んだそれは銀色のシンクへと滴り落ちる。
「俺は別に、そこまで勉強好きやなかったし、大学行ってまで学びたいことなんてなかってん。」
ガス台の上の換気扇が音を立てて煙草の煙を吸い込んでいった。
「けど母親がAちゃんのおじいさんと再婚して、金はあるから大学は絶対行けって。」
忠義さんの口調はやっぱりどこか拗ねてるような口調で、わたしはお皿を洗うことを忘れて泡だらけの手のまま忠義さんの横顔を見る。
輪郭の骨の形がよくわかる横顔。
「それまで俺らに不憫な思いさせた罪悪感を払拭したかったんやと思う。」
忠義さんはガス台の上に置いた灰皿に、すこし身体をひねって煙草の灰を落とす。
ママにも罪悪感はあるんだろうか。
すこしは、すこしくらいはあるといいなと思った。それはママを非難する気持ちからじゃない。
頭の中で『愛と青春の旅だち』の主人公が、あのセリフをまた、叫んでた。
「そういうんってさ、」
忠義さんは続ける。
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蒼 夢見子(プロフ) - 幸さん» 幸様、心のこもったあたたかいお言葉ありがとうございます。こんなこと言っていただけるとすこし自惚れてしまいそうだなと思ってしまうほど本当にうれしいです。お礼を言いたいのはこちらのほうです…私は幸さんのコメントにあたたかい気持ちになりました^^ (2019年11月26日 19時) (レス) id: c01abe0da9 (このIDを非表示/違反報告)
幸 - 夢見子さんの作品は、何でこんなに引き込まれるんだろう…と、日々不思議に思っています。(笑) ものすごく好きな作者さんです。暖かい気持ちにさせてくれて、ありがとう。私も、夢見子さんのように、誰かを暖かい気持ちにさせられる人になりたいです。 (2019年11月21日 20時) (レス) id: 295a9fdbac (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 碧さん» 碧様、初めまして。お返事遅くなりすみません(涙)そう言っていただけてとてもとても嬉しいです。思うように書けずにいて読んでくださっている皆さんには申し訳ない気持ちですが…あたたかいコメントを糧に頑張ろうと思います!ありがとうございます! (2019年4月7日 0時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)
碧 - 初めまして。すごく楽しみに読ませて頂いています。夢見子さんの作品はいつも切なくて温かいものばかりで、大好きです!応援しています。 (2019年4月2日 18時) (レス) id: d6c70f3491 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 翠穂さん» 翠穂様、お返事大変遅れてしまってごめんなさい…!そしてあたたかいコメントありがとうございます(涙)すこしずつしか更新ができていませんが今後の展開も見守っていただけるとうれしいです! (2019年3月25日 12時) (レス) id: 742d92b89e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年1月30日 0時