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顔を上げてもう一度隣を見ると、錦戸くんが長い睫毛をばさばささせながら目を瞬かせて、今度はちゃんと横目でわたしを見ていた。
「…あいつ、いっつも終礼くるん遅いから、うちのクラスが帰れるんいっちゃん遅いやんな。」
錦戸くんは続けてそう言った。頬杖をつきながら、ふてぶてしく拗ねた子供みたいな顔で。
あいつって言うのはおそらく担任――冬なのに汗っかきの、関西弁がやたらに濃いおじさんで、でも悪い先生ではない――のことで、わたしは頷く。
「他のクラスのひとたち、いつも廊下で待ってるよね。」
「今日部活休みやのに早く帰らしてほしいわ。」
「今日はバイトじゃないんだ。」
「今日はちゃう。」
そうなんだって相槌をうつと、また会話が終わってしまいそうで、だけどまだ担任が来る気配もない。
ここで会話が終わるのはなんとなく間が悪いような、もったいないような気がした。
「…錦戸くんも、映画とか、好きなの?」
「え?」
すこし不思議そうな顔をしてこっちを見た錦戸くん。
「錦戸くん
「あ、いや、レンタルショップでバイトしてるから。」
「…ああ、映画はあんま観いひんけど…音楽、好きやから…あの店で働くとCDレンタルすんの割引効くねん。」
錦戸くんは自分の高い鼻を指先で触りながら、早口になったり、間が空いたりするぎこちない口調でそう言った。
「今度」
わたしがそう言いかけた時、ガラッと教室のドアが乱暴に開かれて慌てたように担任が入ってきた。
終礼しよかー、とおおきな声が教室に響いてざわめきがすこしおさまる。
わたしも姿勢を前に向けようと思ったけど、となりの錦戸くんは眉を上げてわたしの言いかけたことの先を待つような顔をしていたから、
「今度、おすすめの曲とか、あったら教えて。」
とさっきよりずっとちいさな声で早口で言った。
一瞬ひどく驚いたような顔をした錦戸くんが頷きながら「おん」って呟いた返事は、おおきな担任の声と外の雨の音に挟まれてわたしにはほとんど聴こえなかった。
今日もママは仕事だ。
学校を出たらきっとすぐに携帯を取り出してメールを確認しようって、机に頬杖をつきながら考えていた。
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蒼 夢見子(プロフ) - 幸さん» 幸様、心のこもったあたたかいお言葉ありがとうございます。こんなこと言っていただけるとすこし自惚れてしまいそうだなと思ってしまうほど本当にうれしいです。お礼を言いたいのはこちらのほうです…私は幸さんのコメントにあたたかい気持ちになりました^^ (2019年11月26日 19時) (レス) id: c01abe0da9 (このIDを非表示/違反報告)
幸 - 夢見子さんの作品は、何でこんなに引き込まれるんだろう…と、日々不思議に思っています。(笑) ものすごく好きな作者さんです。暖かい気持ちにさせてくれて、ありがとう。私も、夢見子さんのように、誰かを暖かい気持ちにさせられる人になりたいです。 (2019年11月21日 20時) (レス) id: 295a9fdbac (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 碧さん» 碧様、初めまして。お返事遅くなりすみません(涙)そう言っていただけてとてもとても嬉しいです。思うように書けずにいて読んでくださっている皆さんには申し訳ない気持ちですが…あたたかいコメントを糧に頑張ろうと思います!ありがとうございます! (2019年4月7日 0時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)
碧 - 初めまして。すごく楽しみに読ませて頂いています。夢見子さんの作品はいつも切なくて温かいものばかりで、大好きです!応援しています。 (2019年4月2日 18時) (レス) id: d6c70f3491 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 翠穂さん» 翠穂様、お返事大変遅れてしまってごめんなさい…!そしてあたたかいコメントありがとうございます(涙)すこしずつしか更新ができていませんが今後の展開も見守っていただけるとうれしいです! (2019年3月25日 12時) (レス) id: 742d92b89e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年1月30日 0時