( あんず色のよすが )

「不運なわたし、出会い」 ページ4

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鍵を忘れてしまった。



そう気づいたのは、終礼が始まるすこし前。リュックサックに教科書を入れようとしたら、いつも中に入っているはずの、パンダのマスコット――東京を離れる時、友達がくれたもの。ふわふわだけど年季が入って白い部分が薄汚れてきている。――がついた鍵が見当たらなかった。


全部でみっつある、リュックについているポケットを二度も調べてみたけど、やっぱりなかった。



そうしていたら、「なんか、探しとるん？」と、隣の席の錦戸くんに声をかけられた。

もうすこししたら先生も教室にくるはずなのに――うちの学校は緊急時以外校内で携帯とか音楽プレーヤーをいじくるのは校則違反だ――堂々と、イヤフォンを片耳に挿してアイポッドで音楽を聴く錦戸くんに。


「あ、いや…家の鍵。忘れてきちゃったみたい。」


変な笑みを浮かべながら錦戸くんにそう返事をしたのだけれど、彼は長い睫毛で何度か瞬きをして「…そか。」と呟いただけで他に何も言わなかった。



錦戸くんは、ちょっと変わっている。



変わっている、なんていう言い方は失礼なのかもしれない。でも二年生で初めて同じクラスになって、つい最近、席替えをして隣同士になるまでひとことも喋ったことがなかった。今は一月でもうすぐ二年生も終わる。


錦戸くんは、他の男子に比べると小柄で細くて、だけど俳優さんみたいなとても、とても整った顔をしていた。だから女子にもモテるし、いつも派手で元気のいいグループにいる。


だけど、ひとりでいる時は無口で愛想があまりよくなくて暗いイメージがあるし、いつもアイポッドで音楽を聴いてるのだ。(だいたいみんな、持っているのはウォークマンだけど、錦戸くんは一番最新のアイポッドを持ってる。)



なんだか怖そう、という偏見からわたしはなんとなく錦戸くんを敬遠していて、だけど隣の席になってから錦戸くんはたまに、わたしに話しかけてくるようになった。


これがまた不思議で、例えば教科書を見せてとか答えを写させてとかだったら別に驚かないんだけど、さっきみたいに突然、とるに足らないようなことで話しかけてくる。

しかも、そこから会話が続くのかと思うといつもラリーが3回いけば多いほう。



もちろん、別に嫌じゃないし、すこし緊張はするけど嬉しいことには嬉しい。単純に不思議なだけ。




その後もう一回、リュックの中を調べたけどやっぱり鍵はなかった。

これはまずい、と思った。






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