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錦戸くんとわたしは駅まで一緒に歩いた。
学校から駅まではゆっくり歩いて10分といった距離だけど、その間にわたしたちは短い沈黙も何度か繰り返しながら、言葉をいくつか交わした。
錦戸くんが無愛想とか不機嫌なわけではなくって、ただ単に人見知りであることに気づくのにそんなに時間はかからなかった。
不器用だなと思わず思ってしまうくらい、口下手だったから。
例えば、「関西弁やないねんな。」に対してわたしはここらへんの出身ではないことを答えたし、「家、学校から遠いん?」には各駅停車なら6駅、区間急行なら3駅先が最寄駅であると答えた。
わたしの答えに対して「そうなんや」とか「そか」とか短い返事をして、決まってそのあとちょっと沈黙が流れる。それからわたしが錦戸くんに何かを尋ねて、答えを聞く、というのの繰り返し。
錦戸くんの家は反対方面だから、わたしはひとりでホームの色あせた水色のベンチに座って、電車を待っていた。あと5分もすれば電車が到着する。
やっぱりわたしの膝は今日も、寒さで赤くなっていた。
錦戸くんと、それから忠義さんの顔を思い浮かべる。
もしこれが、わたしが主人公の映画だったら、もしかしたらふたりは新しい登場人物になるのかもしれないし、ただの通行人かもしれない。特に錦戸くんは。
――携帯、貸して。
土曜日の朝。
別れ際、改札の前で忠義さんはわたしに手を差し出した。
指が長くて、手のひらもおおきい、わたしの手の三回りくらいおおきい手。
わたしは戸惑いながらもポケットから携帯を出して忠義さんの手のひらにそれを乗せると、忠義さんは片手でぱかっと開いて親指を素早く動かして忙しなくボタンを押したかと思ったら、開いたまんまわたしに返してきた。
画面に映されていたのは『忠義』って名前の下に090から始まる電話番号と、それからメールアドレス。
――俺の番号とメールアドレス。
――なんかあったら連絡し。
じゃあ、気いつけてな。って、わたしの頭の上におおきな手のひらをそっと乗せてから、眠たそうな鈍い動きで帰っていった。甘い匂いがした。
わたしは携帯をそっと開いてみる。
そういえば、あの日観た映画の名前を訊かないうちに帰ってきてしまった。
できれば、もう一度観たいから教えてほしいけど、それは『なんかあったら』に入るんだろうか。
ホームにアナウンスが流れて、間もなくして電車が風と音を立てて滑り込んできた。
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蒼 夢見子(プロフ) - 幸さん» 幸様、心のこもったあたたかいお言葉ありがとうございます。こんなこと言っていただけるとすこし自惚れてしまいそうだなと思ってしまうほど本当にうれしいです。お礼を言いたいのはこちらのほうです…私は幸さんのコメントにあたたかい気持ちになりました^^ (2019年11月26日 19時) (レス) id: c01abe0da9 (このIDを非表示/違反報告)
幸 - 夢見子さんの作品は、何でこんなに引き込まれるんだろう…と、日々不思議に思っています。(笑) ものすごく好きな作者さんです。暖かい気持ちにさせてくれて、ありがとう。私も、夢見子さんのように、誰かを暖かい気持ちにさせられる人になりたいです。 (2019年11月21日 20時) (レス) id: 295a9fdbac (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 碧さん» 碧様、初めまして。お返事遅くなりすみません(涙)そう言っていただけてとてもとても嬉しいです。思うように書けずにいて読んでくださっている皆さんには申し訳ない気持ちですが…あたたかいコメントを糧に頑張ろうと思います!ありがとうございます! (2019年4月7日 0時) (レス) id: 0c7f8e1b68 (このIDを非表示/違反報告)
碧 - 初めまして。すごく楽しみに読ませて頂いています。夢見子さんの作品はいつも切なくて温かいものばかりで、大好きです!応援しています。 (2019年4月2日 18時) (レス) id: d6c70f3491 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 翠穂さん» 翠穂様、お返事大変遅れてしまってごめんなさい…!そしてあたたかいコメントありがとうございます(涙)すこしずつしか更新ができていませんが今後の展開も見守っていただけるとうれしいです! (2019年3月25日 12時) (レス) id: 742d92b89e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年1月30日 0時