( あんず色のよすが )

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「あのひとがな、Aちゃんに会うてみたいんやって。」



忠義さんは、ため息のようなちいさな息を吐くと頬杖をついて、すこし唇をとがらせてわたしを見る。



「…あのひと？」


「やから、俺の義理の父さん。」



わたしは顔も名前も知らない、おじいちゃんのことを思い浮かべてみようとしたけれど、無理だったから、ただ、宙を仰ぐだけのようになってしまった。


店内はすこし暗くて、それからあんまり耳に慣れないおしゃれな音楽が流れている。正直、あまり落ち着かない。




忠義さんが言うことは、こうだった。


おじいちゃんは、わたしに会いたがっていて(どうして今更なのか、わからないけど)、ママと仲直りをしたいらしい。

だけど、わたしも知っている通り、ママとおじいちゃんはずっと絶縁に近い状態で、おじいちゃんが直接訪ねに来てもママは癇癪――おばあちゃんのお通夜のあと、そうだった。「今更、どのツラ下げてお通夜にくるのよ」とか「しかも再婚相手の息子なんて、よこして」とかそんなことを言って激しく怒っていた気がする。――を起こすに違いないからまず忠義さんに来させたんだって。



「俺が行ったって、同じことやと思ったけど。」


と、忠義さんは自分の前髪を手で避けながらつぶやく。


わたしも、そう思う。だって現に、お通夜のとき、ママはあんなに怒ってたんだし。

それに、ママは頑固だ。一度ダメと言ったものは絶対ダメだし、嫌いな食べ物――ママは豚肉としいたけが嫌い。子どもみたい。――は絶対、食べない。




「正直、メンドくさいねん。」


ふう、と今度はちゃんとしたため息をついた忠義さんはなんだか、幼く見えた。


「あのひとは義理の父親やけど、そんなに仲が良いわけでもないし。俺はAちゃんたちと血い繋がってへんのやからさ、関係ないのにママに怒られんの、嫌やん。」


まるで不貞腐れた子どもみたいな顔でそう言って、コーヒーをひと口飲む。


「やから家まで来たけど、やっぱり億劫んなって、あのまま帰ろうと思うててん。あのひとには、追い返されたって嘘つこ思うて。」


そこに、わたしが帰ってきた、ということだった。



なんだか、忠義さんが気の毒で、申し訳ないように思えた。



わたしは何も言えず、仕方なく両手で包んだカップを持ち上げてこわごわと傾けてみる。

舌先に熱くて甘い、ミルクティーが触れた。



まだすこしわたしには、熱いような気がした。





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