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家の中はひどく静かで、背後の、ドアの向こうの雨音はとても希薄に聞こえた。
さびしい。
その言葉はすとんと胸の中に落ちていって、どうしようもなくわたしはかなしくなってしまう。
うっすらと気づいてはいたけれど、わたしはママの何番目でもないことに気づいてしまったこと。
錦戸くんの家にあったものが、うちにはひとつもなかったこと。
育った環境やママからの愛情。仕方がないと諦めていたことに実はわたしはずっと執着していて、期待していたこと。
どれもひどくさびしく、むなしい。
タツくんはタオルごと濡れたわたしを抱きすくめていて、それはけして強引で感情的な力の強さではないけれど、こわごわでも心許なくもなかった。
タツくんのTシャツの、わたしのおでこがくっついている部分はわたしの髪の毛についていた雨水が染み込んできてつめたい。
タツくんの服の洗剤のにおいの向こうに、うっすら中華料理のにおい。
不思議だった。
こんなにも絶望的で孤独なのに、妙に満たされたような気持ちになって安心してしまう。
初めて会ったときから、タツくんといるときはいつだってそうだった。
「…風呂、わかさんとな。」
すう、とちいさく鼻から空気を吸う音が聞こえて、タツくんはふわりとわたしから離れていった。
「腹は?夕飯は食べてきたんやっけ。」
「うん。食べてきた。……あ」
「ん?」
「桃……。」
「桃?」
わたしは忘れかけていた右手の重みを思い出して、桃とCDが入ったしわしわの紙袋の中を見る。
「錦戸くんのお母さんが帰りにくれたやつ。」
「冷蔵庫ん中いれとく?」
「うん。」
うなずいてCDだけ取り出すとタツくんに紙袋をわたす。
意外にもCDは濡れてしまった様子はなく、ふたつの桃も錦戸くんのお母さんがくれたときのままの様子で底にふたつ並んでいた。
その夜、わたしはタツくんの家に泊まることにした。
濡れた靴や制服のスカートはちっともかわかなかったし、タツくんが貸してくれた服は例によってだぼだぼすぎて外に出られそうになくて、なにより家に帰りたくなかった。
お風呂からあがってから、タツくんとふたりでひとつの桃を食べた。甘くて、みずみずしくて、夏のにおいがした。
すこし迷ったけど、ママにはなんの連絡もしなかった。
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蒼 夢見子(プロフ) - もんさん» もん様、しばらくぶりの更新にも関わらず読んでくださりありがとうございます…素敵な感想までいただけて嬉しいです…(涙)気まぐれな更新になってしまっていますがお付き合いいただけるように更新頑張ります…! (2022年2月6日 14時) (レス) id: d76122eb40 (このIDを非表示/違反報告)
もん(プロフ) - 更新とても嬉しいです、蒼さんの作品がどれも切ないのに心が暖まって大好きです。 (2022年2月6日 1時) (レス) id: 88e425fb34 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 日玖さん» 日玖様、コメントありがとうございます。(お返事がひどく遅れてしまい申し訳ありません…)そう言っていただけてとても嬉しいです。更新が途絶え気味ですがなんとか最後まで書けるよう頑張ります…! (2022年2月5日 16時) (レス) id: 0bca9b395c (このIDを非表示/違反報告)
日玖(プロフ) - コメント失礼します!つい先日このお話にたまたま出会い、あまりにも好きすぎて一気読みしちゃいました……!続き、楽しみにしてます。これからも応援してます! (2021年10月12日 11時) (レス) id: bbffd7f7da (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - しずくさん» しずく様、初めまして。コメントありがとうございます。書き始めてからたくさん時間が経ってしまい更新も気まぐれで申し訳ないですが、あたたかいコメントいただけて本当に恐縮です。これからも読んでいただけるよう頑張ります! (2021年7月19日 20時) (レス) id: 7499a18546 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2019年12月5日 23時