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伊沢さんに呼ばれて、小さな会議室で2人きりになる。
どうしたんだろう。僕なんかしたっけ?
「あー、その、Aの事なんだけど、さ。」
「え?Aさんがどうかしたんですか?」
「え、もしかして本人から何も聞いてない?」
「え……?」
伊沢さんは頭をがしがしとかいて、僕に全てを話してくれた。
Aさんには、弟が居るのだが、その弟さんが高校生の時に事故で全身麻痺に陥ったらしい。
今まではAさんのご両親が弟さんの世話をしていたのだが、Aさんのお母さんが病気にかかり、実家に帰ることにしたらしい。
そして、このままでは辞めてしまいかねないことを危惧した伊沢さんは、僕にAさんをそれとなく説得して欲しかったらしい。
「とりあえず一時的な休み扱いにするってことでゴリ押したんだけど、昨日Aがどうしてもって言って荷物引き取っていっちゃったし。その時、目が腫れてたからどうしたのか聞いたら最後の思い出を作ろうとして失敗したって言うし……。」
最後の、思い出。
なんとなく、Aさんがもう戻ってこないことは僕にも分かった。
「……Aさんに、電話してみます。」
「おう。」
スマホを取り出し、電話をかける。
呼出音が、1回、2回、と繰り返される。
不意に音が途切れて、雑音が聞こえてくる。
『……もしもし。』
「Aさん、今どこ?」
『あ、今ちょっと色々あって病院に来てて、何か用ですか?』
「伊沢さんから聞いたよ。弟さんのお見舞い?」
『んー、まぁ、そんなとこです。』
伊沢さんと目が合ったけど、もうどうでもよかった。
僕は1度振られたんだ。もう、君に関して失うものなんてない。
「Aさんが弟さんや家族を支えるように、僕がAさんを支えることは出来ないかな。」
電話の向こうの声が途切れた。
重い、沈黙だけが流れる。
『……私、好きじゃないんですよね、温まるもので母の愛とか言う人。』
「え」
『愛されてこなかった人のこととか、想像したことさえないんですよね。大丈夫です。責めてるわけじゃないので。ただ、もう二度と連絡してこないでください。』
電話が切れて、僕は呆然とした。
「……A、なんて?」
「もう、二度と連絡してこないで、だそうです。仕事戻りますね。」
「え、ちょ、山本!」
洗面所に駆け込み、大量の水で顔を洗う。
鏡に映る顔は、水でぐしゃぐしゃだった。
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辰海恋歌(プロフ) - あすさん» 早速読んでいただきありがとうございます。この後どうなるかも一応考えてはいますが、次回の短編集のテーマとは少し合わないと思うのですぐに公開、という訳ではありませんが、必ずあす様の目に留まる形に致しますのでしばらくお待ちください。よろしくお願いします。 (2021年11月5日 0時) (レス) id: e014f887e2 (このIDを非表示/違反報告)
あす(プロフ) - 辰海恋歌さん» 早速続き拝見しました!fkrさんが詰め寄る感じいいですね!続編?半年後fkrさんとどうなっているのか気になります! (2021年11月4日 22時) (レス) id: 14b7e1c0b8 (このIDを非表示/違反報告)
辰海恋歌(プロフ) - あすさん» こんばんは!そういって頂けてとても嬉しいです!最後まで気に入って頂けますと幸いです。 (2021年11月4日 20時) (レス) id: e014f887e2 (このIDを非表示/違反報告)
あす(プロフ) - こんばんは!結ばれる悲劇、終わらない悲劇を読んで切なくもありますがとても気に入りました!続きが気になります… (2021年11月3日 22時) (レス) id: 14b7e1c0b8 (このIDを非表示/違反報告)
辰海恋歌(プロフ) - あすさん» いえいえ!気に入っていただけて良かったです!! (2021年7月17日 23時) (レス) id: e014f887e2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:辰海恋歌 | 作成日時:2021年5月19日 16時