勝負２ ページ9
伊野尾先生サイド
涙が溢れて、紙に水滴が落ちた。
手紙が進んでいくにつれて、だんだんいびつになっていく文字。
その中でも、一際小さく、薄くかかれていた最後の言葉を見てしまった。
最近付け加えたような、不自然な距離感だった。
それを塗りつぶして消そうとしたのだろう、震えている線が何本も引いてあった。
“まっててね、もうすぐあいにいきます”
涼介は、全部知っていたのだ。
誰かから言われなくても、双子のパワーで、全部わかっていた。
なのに俺たちは、嘘ついて、うまくいったと思い込んで。
俺たちが「あとちょっとで侑李と会えるから」と言う度に、涼介は何を思ったのだろうか。
その答えは、一生わからない。それどころか、謝ることすらできない。
涙は止まらなかった。
殺してしまいたいくらい自分に腹が立った。
裏面の最初に戻って、また読み進める。
もっといっしょにいたかった。
ゆうりといっしょに、おじいちゃんになって しにたかった。
ゆうりは いやだったかもしれないけど、おれは ゆうりのにいちゃんでよかった。
しあわせなじんせいだった。
じゅうぶんすぎるくらい、しあわせだった。
さいごに。おれたちの、あいことば。
きょうもすきだよ。
あしたも、あさっても、ずっとすきだよ。
ここで終わるはずだった手紙に、付け足された最後の文字を、目に焼き付けた。
逃げないよ。ちゃんと見るよ。
君が、君の愛する人に残したメッセージ。
伊野尾先生「ごめんね、涼介。嘘言われて、苦しかったよね。ありがとね。ずっと、演技してくれていたんでしょ。それに、この手紙、ごみ箱なら先生に見られないと思ったから、頑張ってノートからちぎってくれたんでしょ」
君は優しいね。
最後までずっと、俺たちのこと考えてくれていたんだね。
伊野尾先生「ようやく、楽になれたね。長い間、お疲れ様でした。涼介のいた人生、幸せでした。絶対に、侑李と会ってよ。それで、二人で、また会いに来てね」
まだこの部屋に涼介がいるような、そんな錯覚に襲われる。
涼介の匂いがしていた。
何度も握った手の感覚が、しっかりと残っていた。
頭の中で再生する声は、鼓膜が振動しているのと同じくらい鮮明なものだった。
侑李への手紙を大切に折り畳んで、ポケットに入れる。
あまり長くいられない。
涼介が何度も読んだ漫画を捨ててしまうのは勿体なくて、あるもの全てを抱え込んで、部屋を出た。
いってらっしゃい、と聞こえた気がした。
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作者名：J | 作成日時：2022年10月29日 21時
