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勝負2 ページ6

有岡先生サイド

伊野ちゃん、遅いなぁ。

涼介と手をつないでいるため、腕時計で時間を確認することができない。

それに、涼介の前で時間を意識する仕草を見せるのもなんだか悪いような気がした。

涼介「ぇん、えぃ」

有岡先生「どした? 苦しい?」

だんだん、涼介の声が小さくなっていた。

涼介「んー、あぃ、じょーぅ」

有岡先生「大丈夫なわけないだろ。我慢すんなって」

額に汗が滲んでいた。

俺と繋いだ手が、少しだけ震えているみたいだった。

伊野ちゃん、まだかな。結構時間かかってるな。

なんでこんなに焦っているのか、自分でもわからなかった。

涼介「えんえー、ぃんあら、おん、よんえ……」

涼介は、けほっけほ、と弱々しく咳き込んだ。

ぃんあら、おん、よんえ。

パズルみたいに、子音を足して文章を作っていく。

死んだら、本、読んで?

有岡先生「本? あそこにある本?」

涼介は咳き込みながら頷いた。

咳がなかなか止まらず、呼吸がしにくそうだった。

有岡先生「伊野ちゃん呼ぼうか」

ポケットから電話を取り出そうとすると、「いや」という声が聞こえた。

有岡先生「電話しないでほしいの?」

その質問に、涼介は頷いた。

見間違えたかな、なんて希望を持たせないほど、はっきりと大きく。

「なん、で……」と、声が漏れていた。

涼介は、俺の目の前で苦しそうに息をしながら、何度も「や、や」と繰り返していた。

――DNARって言葉、涼介に教えたのって大ちゃん?

伊野ちゃんの声が頭で再生される。

DNAR。心停止したときに、心肺蘇生を行わないでほしいという意思表示。

涼介は、延命措置を望んでいない。

電話を握った手に、グッと力を込める。

涼介「まぁ、やぇて」

有岡先生「……わかったよ、まだしない。でも、もうちょっと時間が経ったら電話する」

苦しむのは、涼介だから。

中途半端に延命措置をされても、苦しみが増すだけだから。

俺は、涼介の意思を尊重したい。

涼介「あい、あと……えんえ、あたぁ、なえて」

有岡先生「ん、これで良いか?」

繋いでいないほうの手で、頭を撫でてやる。



咳をする力さえなくなっているようだった。

ただ大きく息を吐いているだけのような咳になってきた。

そろそろ電話しようと頭を撫でる手を止めてポケットに突っ込んだときだった。

ガラガラ、と控えめに響いたドアを開く音と、「また来たよ」という柔らかい声。

楽しそうに弾んだ足音が、ピタッと止まった。

勝負2→←勝負2



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作者名:J | 作成日時:2022年10月29日 21時

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