勝負2 ページ5
伊野尾先生サイド
有岡先生「伊野ちゃん」
泣いている俺を見て、大ちゃんは困ったように名前を呼んでくる。
「ごめん」と言うのが精一杯だった。
涼介「んぁ、あぃ、ぇ……」
涼介は、俺の手をきゅっと握る。
伊野尾先生「ん?」
聞き取れなくて聞き返したけれど、涼介は何も言ってくれなかった。
そのかわり、両手で掴んだ俺の手を動かして、自分の胸の辺りまで持ってくる。
涼介の目にはまた涙が溜まっていた。
涼介「て、あぇえ」
伊野尾先生「手、開ければいいの? これでいい?」
俺はできるだけ大きく手を開いた。
すると、涼介はそこに指で文字を書いていく。
“いってらっしゃい”
伊野尾先生「ありがとう。言ってくるね。またね」
絶対に、また、会おうね。
涼介は、俺の手を包み込んでから、そっと離した。
有岡先生「何かあったら連絡する」
伊野尾先生「ありがと、よろしくね」
大ちゃんは、勢いよくグーサインを出した。
それを確認してから、俺はオペ室へと走った。
薮先生「ごめんな、本当は、呼びたくなかった」
危ない状態から抜け出したとき、薮が言った。
伊野尾先生「いや、謝ることないよ。来てわかった。ギリギリまで電話しないでくれてたんだろうなって。俺のほうこそ、ごめん。お疲れ様」
薮先生「涼介のところ、戻ってもいいよ?」
伊野尾先生「ううん、最後までやるよ」
医学部時代、縫合のテストでさえ「ムズいよ! できるわけないよ!」と言っていた俺たちが、話しながらできるくらいまで成長したと考えると、なかなか長い年月が経ったなと思う。
薮先生「うまく、いってるか?」
おそらく、侑李の嘘のこと。
伊野尾先生「うん。ボロは出してないよ。大ちゃんもね、ちゃんと演技してくれてる」
薮先生「そっか。なら良かった、のかな。大ちゃんも、成長したってことだね」
ある患者さんが亡くなって、自分より幼い子供の死に絶えられず、小児科医をやめた大ちゃん。
伊野尾先生「ここは、たくさんの人が亡くなる場所だから、多少は慣れたかな。でも、なんか、隠してるだけな気がするなぁ」
無理矢理蓋をしているような感じ。
薮先生「支えてあげないとだね」
大ちゃんの、愛嬌たっぷりの笑顔が浮かぶ。
伊野尾先生「そうだね。あの、これからは、もっと電話してくれていいから」
薮先生「急に何言ってんの。涼介と話すのだっておまえの仕事だからな」
こんなこと言ってくれる同期って、素敵でしょ?
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作者名:J | 作成日時:2022年10月29日 21時