勝負２ ページ4
伊野尾先生サイド
涼介は、病院で起きたことを聞くのが好きだった。
医者の生活に興味をもって、また、他人の幸せを喜べるような子だった。
だから、覚えている全部をしゃべって聞かせる。
そして、最後には絶対侑李のことを話す。
伊野尾先生「あ、そういえば、侑李がね、『待たせてごめんね』って。今はもう症状は収まっているんだけど、涼介に移しちゃうと怖いからって我慢してるんだよ」
俺たちが必死に考えた結果、皆が納得した嘘。
侑李は感染症にかかって隔離期間中。
更に、今涼介は免疫力が落ちているため、普通は発症しない程度の病原体でも重症化してしまう。
侑李はそれが怖くて自主隔離しているとすれば、もっと延ばせる。
涼介には、一生バレない嘘だ。
有岡先生「寂しいね、でも、あとちょっとだよ。侑李は元気だから、安心してね」
大ちゃんが、自然な演技で助けてくれる。
涼介は目を潤ませたけれど、小さく頷いてくれた。
嘘つきでごめんね、でも、言い訳かもしれないけど、
チューブを抜けば、簡単に死んでしまう状況。
君には、自ら命を奪うなんて道を選ばせたくないから。
先生たち五人で集まって、何時間も考えたんだよ？
重力のせいで、涼介の目の端から涙が溢れ落ちる。
それを白衣の袖で拭き取ってあげると、涼介は笑って「あぃあと」と言ってくれた。
頭を撫でてやろうと手を伸ばした時、胸元のポケットに入れたPHSが鳴った。
微笑んでいた大ちゃんが、驚いたように俺を見つめる。
誰だよ、今涼介の部屋にいるのに。
そんなふうに思っていると、涼介は「でぁくて、いーの？」と尋ねてくる。
「ごめんね、電話出てくるね」とだけ言って部屋から飛び出し、「もしもし」と急ぎ気味で電話をかける。
『あ、伊野尾？ ごめんな』という声は、薮のものだった。
薮先生『昨日交通事故で運ばれた女の子いただろ？ 急変して、オペしてる。……俺だけじゃ、助けられない。ごめん』
泣くのを我慢しているような声だった。
そんな声で言われて断れるわけなくて、「わかった、行くよ」と無意識のうちに言っていた。
報告するために、もう一度涼介に会う。
伊野尾先生「先生ね、呼ばれちゃった。行かなきゃなんだ。また来るからね」
さっきできなかった分頭をわしゃわしゃと撫でてやると、涼介は細い腕で俺の手を掴んだ。
力、弱くなったな。細くなったな。
医者として何度も見てきたのに、ポロッと涙が頬を伝って落ちていった。
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作者名：J | 作成日時：2022年10月29日 21時
