勝負2 ページ3
伊野尾先生サイド
「ちょっと、涼介のところ行ってきます」と言えば、「はーい」という返事が返ってくる。
急変する可能性が高い患者が増えて、皆自由にできる時間が減ったけど、涼介の病室に行くことを止めさせるような人はいなかった。
俺がいない分負担が増える医師やナースだって、聞きたいことがたくさんある研修医だって、悪く言わない。
涼介を知っているベテランの方は尚更だ。
唯一の休憩時間兼、涼介との貴重な面会時間。
伊野尾先生「やっほ、今日も来たよ!」
必ずこのセリフを言って部屋に入る。
でも、「あっ」て言って笑顔で手を振ってくれるのは、涼介から大ちゃんに変わった。
涼介の進行は、異常に早かった。
今まで見てきた人のなかで、いちばん早いくらいだった。
有岡先生「涼介、ちょっと話しにくいみたい」
俺の耳元で、涼介には聞こえないくらい小さな声がした。
伊野尾先生「わかった」
涼介「ぇん、えぃ……」
苦しそうに、息をしていた。
それでも、きれいな瞳で俺を見つめてから、少し微笑んだ。
泣きたくなる。
痩せ細ったせいではっきり浮き出る血管、頻繁にうっすらと曇る酸素マスク。
伊野尾先生「辛いなぁ、もうちょっと、薬足そうか」
涼介「んー、いぁない」
伊野尾先生「薬、嫌?」
涼介「ん、いぁ」
伊野尾先生「そっか、わかった」
「頑張ろう」なんて、言えなかった。
いつのまにか、言えなくなっていた。
涼介「おぇんね」
伊野尾先生「なんで謝るの? 悪いことじゃないよ」
見た目は変わっても、こういうところは何も変わってないな。
有岡先生「涼介、伊野ちゃん来るの楽しみにしてたよ」
伊野尾先生「そうなの? 嬉しいな。俺も楽しみにしてたよ。相思相愛だね」
大ちゃんとはベッドを挟んだ反対側に座って、涼介の頭を撫でてやる。
涼介は何も言わずにニコッと笑ってくれた。
こんな状態でも生きていて欲しいと思うのは、医者のエゴだろうか。
それとも、涼介と長い間一緒に暮らした“俺”のエゴだろうか。
涼介も、生きたいと思ってくれているのだろうか。
長くて一週間だな。もしかしたら、今日、明日でお別れかもしれない。
と誰かに言われなくても自分で診断できるようになってしまった。
伊野尾先生「先生、今日もね、手術いっぱいしたんだよ。あとね、涼介、覚えてるかな? ひろとくんっていう男の子。今日退院したんだ。でね……」
涼介は、病院で起きたことを聞くのが好きだった。
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作者名:J | 作成日時:2022年10月29日 21時