勝負２ ページ13
伊野尾先生サイド
伊野尾先生「ほら、だから言ったでしょ？ もぉ、俺ずっと見てるわけにはいかないんだよ？」
39.8℃と表示された体温計を、私服に着替えさせて当直室のベッドに寝かせた大ちゃんに見せる。
有岡先生「１人でだいじょーぶだから」
ポワポワしていて、子どもみたいな話し方。
熱のわりには、意外とケロッとしている。
用意していた点滴を、冷たく震えた手で自分に刺そうとする大ちゃんの腕を掴むと、潤んだ目がこちらに向けられた。
伊野尾先生「俺だって医者だし、病人放っておくのは嫌なんだよ。貸して、痛くはしないから」
「俺もできるのに」と言いながらも、素直に返してくれるのはありがたい。
慣れた動作ではあるけれど、大人の血管は子どもの血管とは感触が違って不思議な感じ。
有岡先生「上手いね。上手くなったね」
伊野尾先生「子ども相手だとさ、泣かれる度に、今度はもっと痛くないようにしようって思って練習するからね」
有岡先生「そっかぁ。頑張ってたんだなぁ、俺の知らないところでも」
伊野尾先生「何よ、今さら」
大ちゃんが何を思っているのか、わからなかった。
でも、彼なりの受け止め方で前に進もうとしているような、そんな顔つきではあった。
何も言わず、ただ動作を続ける。
有岡先生「救急で、俺、いろいろ手伝うようになったじゃん？」
沈黙を破ったのは大ちゃんのほうだった。
伊野尾先生「うん、そうだね」
有岡先生「それもあったし、たぶん伊野ちゃんたち見てたのもあったし、涼介と侑李のこともあったかもだけど。俺、なんで医学部出たんだろうって思った。何やってるんだろうって。わかる？」
伊野尾先生「うん、わかるよ」
有岡先生「もちろん、今の仕事も好き。でも、まだ憧れてるのかなって気づいたっていうか……、医者だったらどんなふうになってたんだろうって考えちゃう」
視界が歪むのか、ときどきぎゅっと目を瞑りながら、それでも落ち着いた声で話す。
一生懸命伝えてくれる言葉を、丁寧に聞き取っていく。
有岡先生「俺、本当は戻りたいのかな。そう思っては、頭の中で、『有岡先生教えるの上手だね』って、涼介の声がよみがえる。欲を言えば、どっちもやりたい。やれるわけないってわかってるけどね」
伊野尾先生「大ちゃんの決断だから、俺からこーしろあーしろって言えないけど、１つだけいい？」
大ちゃんは、小さく頷いた。
伊野尾先生「涼介の言葉は関係なしで決めてね」
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作者名：J | 作成日時：2022年10月29日 21時
