すべてはキミに恋するため

表札 ページ38

オレの反応に、満足そうに目を細めたキミ。


『仔犬』とか『ペット』とか、本当にオレのことを知らないってわかって、ホッとする反面、自分のアイドルとしての知名度にガッカリもする。


「オレ、いつまでペット扱いなの？」


不貞腐れて、そう言ってみても、キミは、首をかしげて悪気なく言う。


「んー………。ずっと？」

「マジで！？」

「今のところね。だって、仔犬みたいなんだもん。」


口角を上げた艶やかな唇が『仔犬』っていう度に、それが魔法の言葉みたいに、オレを『ニカ』からペットに変えていく。


「うぅぅぅ……今に見てろよ。」


唸って、吠える。



今に見てろよ……。

今に、見てろ……。



その先の言葉は、そっと、胸の奥に押し込めた。


久しぶりに感じる、居心地のいい関係を壊したくないから。



ポケットの中で、スマホが震える。
確かめなくても、相手がミツだってわかってるけど、ポケットからそっと取り出してディスプレイを確認すると、やっぱりミツからの脅迫。


ー 着いた
ー 早く来い
ー 帰っちゃうぞー


部屋の鍵は、ポケットの中にあるから、帰ってもらっても構わないけどね。

でも、そんな事言ったら、多分、二度と助けてくれなくなるから、慌ててスマホをポケットにねじ込む。


「うわっ！ヤベッ！もう行くわ。」


キミにだって、この鍵の存在は、知られちゃいけない訳だし。

ドアノブに手をかけて、もう一度、サヨナラを言おうとすると、今度は、キミからの質問が引き止めた。


「ねぇ、引っ越してきた時から気になってたんだけど…。キミんちの表札、なんて読むの？」

「えっ？」


確かに、キミが『森田 A』って、自己紹介してくれたから、オレも名乗るべきなんだろうけど、それはそれで、オレにとっては、なかなかリスキー。


「だから、キミんちの表札っ。」


引越してきたあの日に。油性マジックで書いた表札。



『ニカ』



字が下手なのは、自分でもわかってる。


漢字も間違うことだってあるし、難しい漢字は読めない。




でもさ、カタカナだよ？


下手な字でも、読めるでしょ？




「大丈夫？カタカナ読めないの？」




まさかとは思うけど、念のため聞いてみたら、声が裏返るほどビックリした声が返ってきた。

小さな希望→←キミの名は

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