愛を込めて花束を2【降谷零】

11話 ページ22

Aは声を震わせて泣いた。
途中、床に座り込んでしまったAに、同じく座り込んだ降谷はまるで子供をあやすかの様に一定のリズムでAの背中をトントンと優しく叩き続けた。

落ち着いた頃合いで、降谷はそっとAを立たせ、カウンターのイスへと座らせた。
呼吸の落ち着いたAは、カウンターテーブルの木目を一点に見つめていたかと思えば、静かに目を閉じた。

降谷の知らぬ過去を思い出しているのか、その口元は再び少しずつ結ばれていく。
堪らず降谷は、テーブルの上で組まれたAの両手を優しく包み込んだ。


「”今お粥作ってやるから寝て待ってろ”
それが、兄の最期の言葉でした。」

静かにAは口を開いた。
Aの両手にギュッと力が篭るのが分かる。

「あの日、私は風邪で寝込んでしまって。
上京して初めての風邪だったのもあって、どうして良いかわからず兄に連絡してしまったんです。」


『大丈夫か⁉すぐ行く‼』


「兄は…すぐに来てくれました。
それで…多分私が心細いだろうと思って、いつも母が風邪の時に作ってくれた卵粥を作ろうとしてくれたんです。」

なんてことない世間話の中に、そんな話があったなと降谷は思い返す。

「けど、冷蔵庫に卵がなくて、兄はわざわざ買い出しに行ったんだと思います。」

風邪のせいで記憶がハッキリしていないのか、それとも未だに現実を受け止められていないのか、Aの話し口はやけに曖昧だ。


『今お粥作ってやるから寝て待ってろ』

『行って、らっしゃい…』


小刻みに震え出したAの手を、降谷はギュッと握りしめた。

「次に私が目を覚ました時…
兄はもう、どこにも居なかった。」

Aの頬を、再び涙が伝う。
降谷は、Aが言わずともその先がわかってしまった。
買い出しに出掛けた兄は、Aの部屋に2度と戻って来る事はなかったのだろう。

伝える事の出来なかった、日常に溢れたなんの変哲もない”おかえり”という言葉。


『Aちゃん、今度からさ、いらっしゃいませじゃなくておかえりなさいって言ってよ。
いってらっしゃいには、やっぱりおかえりなさいでしょ‼』

『いつでも言える、いつでも聞ける。』
『どんなに充実した毎日を送っていても、いつか必ず思います。
あの時、伝えれば良かったと。』


だからあの時、彼女は拒んだのだ。
兄に伝えることの出来なかった”おかえり”という言葉を。

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