愛を込めて花束を2【降谷零】

10話「3杯のビール＋…」 ページ15

ーとある居酒屋にてー

周りとは隔てられた個室に、スーツの男が3人。
ジョッキになみなみと注がれたビールを乾杯する事なく、3人は無言のまま一口目を口にした。

3人はただ仲良く酒を飲みに来た訳ではない。
暫しの間、各々が手持ちのビールを無言で飲み干した。
風見は大して興味もないドリンクメニューをぼんやりと流し見していると、漸く1人が口を開いた。


「なぁ風見、お前本当に何も聞いてないの？降谷さんから。」

「だから、聞いてないって言っただろう。」


普段から降谷に忠実な部下たちの今日の話題は、やはりここ数日怠惰な食生活に戻りつつある上司についてだ。


「でも、今日なんて遂にウィダーインゼリーとカロリーメイトだったぞ？
あれじゃ元通りだ。」

「やっぱりフラれたって事なのかなー…」


お堅い部署の中ではムードメーカー的存在である同僚は、まるで自分がフラれたかの様な落胆した声と表情で項垂れた。
手元では空になったジョッキをもじもじと遊ばせている。


「あの、あの降谷さんだぞ？
そりゃまぁ…仕事の都合上、終わるの遅いから中々会えないし？」

「……(いや、多分あの人は結構な頻度で会いに行ってるはず)」

風見は1人、ある店を思い浮かべる。

「休みもそんなに無いし？
けどさー…あの降谷さんだぞ？
顔良し、収入良し、性格は、まぁ…強引な所もあるけど人望あるし。
キャリアで家事もできて…
それをフるなんて一体どんな女なんだか…」

「……(料理が上手くて、歳は下だろうが降谷さんにお似合いな自立した女性だよ)」

風見は1人、ある女性を思い浮かべた。









あの日から数日経った今も、あの店の灯りが灯る事はなかった。
ただの通勤路だ、と努めて気丈に、気にせず歩いているつもりでも、やはりチラリとその店先を確認してしまう。

あの引き戸に、何か張り紙でもあるかもしれないとも思ったが、遠目から見ても何かが貼られている様子はない。
貼ってあったとしても、そこに何が書かれているかを確認する勇気は、きっと今の降谷には無いかもしれなかった。


降谷は、連絡を取る術すら持っていなかった事にやっと気付く。

11話 幸せをくれた人→←10話「コンビニ飯」

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す