８ song. ページ9
「だから、お父さんにまで歌が届くくらい大きな場所で歌って、それから、つたえたいのです。お母さんは最期まで、あなたを想っていましたって」
「……そっか、そうだったんだね」
万理の大きな手が、心春の頭をゆっくり、慈しむように撫でる。
「まだ高校生なのに、たくさん背負ってきたんだね」
「そんな、こと」
「これからは、僕も一緒に背負うから。心春さんは、一人じゃないんだ」
ひとりじゃ、ない。
母が亡くなったのち、母の親戚の方が心春の保護者となった。親戚たちは皆心春に優しくしてくれて、彼女に気を遣ってくれた。その気持ちがありがたくも息苦しく思うようになり、心春は親戚の家を出て一人暮らしを始めた。高校１年の冬のことだった。
学校には友達もいて、一緒に暮らしていなくても気にかけてくれる親戚がいて。なのに、彼女は言い知れぬ孤独を感じていた。
誰も頼らずに、頑張んなきゃ。そんな感情が、ずっと根底にあったのだ。
でも、万理は一緒に背負うと言ってくれた。
優しく見守り導いてくれる社長がいる。
共に前に進んでくれるIDLiSH7がいてくれる。
それが凄く嬉しくて、張りつめていた何かが緩んでいく。
ぽろぽろと涙を流す心春に、万理は背中を優しく撫で、ハンカチを差し出した。
「きっと、君はお母さんの夢を紡いでいかなきゃ、お父さんに届くくらい有名にならなきゃ、そんな責任感がプレッシャーになって、人前で歌おうとすると極度に緊張してしまっていたのかもしれないね」
「そう、なのでしょうか」
「心春さんはもっと、自分のために歌ってもいいんだよ」
自分の、ため？ 心春は首を傾げる。
「心春さんは、歌が大好きだろう？」
「はい、大好きです」
「その歌を純粋に楽しんだっていいんだ」
心春は初めてIDLSH7と歌ったときのことを思い出した。
あの時は、７人の歌声を聴いていたら心から歌いたくなって、音を紡ぐことの楽しさがこみあげてきた。歌が好きだって、思った。
そんな気持ちを同調する様に７人も楽しそうに笑って。自分が歌うことで笑顔になってくれる人がいたら、どれだけ幸せだろうって、想像した。
「私が歌を心から楽しまないと、聞いてる方も楽しくない、ですよね」
「そうだね」
「来週のストリートライブ……歌える気が、します」
拳を握ってそう言うと、万理は嬉しそうに笑って「俺も全力でサポートするよ」と背中を優しく叩いた。
「よろしくお願いします、大神さん！」
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
