７ song. ページ8
事務所の会議室。
会議用のデスクの上に、帰り道に寄ったケーキ屋で買ったショートケーキと紅茶を二つずつ並べ、万理は心春へ微笑みを向けた。
「改めてこれからよろしくね、心春さん」
「よ、よろしくお願いします、大神さん！」
紙コップをそっと合わせて、乾杯。にっこりと優しい笑顔を浮かべる万理に、心春も懸命に笑顔を作るけれど、頬が引きつっていた。
二週間経っても、一度もストリートライブを成功させたことがないうえ、万理や社長の期待にも応えられていない自分がこの事務所に所属していてはいけない存在に思えた。
「……心春さんは、どうしてアーティストになりたいんだい？」
ケーキのフォークを渡してくれた万理が、そう問いかけた。
少し視線をさ迷わせた後、フォークをそっと紙皿に置きながら、心春は口を開いた。
「私の母は、歌手を目指していました」
「心春さんの、お母さんが……」
「昔から歌うことが好きで……聴いた人の心がぽかぽか温かくなって、幸せな気持ちにさせてくれる、そんな歌声でした」
「でした、って」
「……はい、亡くなってしまいました。二年前に」
こはる。こはる。私の可愛い心春。
そう優しく、歌うように名前を呼ぶ母の声が彼女の脳内に響く。
透き通るようなその声に乗せられた愛情。
心春は母のことが大好きだ。
「辛いことを、話させてしまったね」
「い、いえ！ 私を支えてくださる大神さんには、お話したいと、思ってましたので」
気遣う表情を見せる万理にやんわり微笑みを返したのち、言葉を繋げる。
「母は歌手を夢見ていた矢先に私を妊娠して、私を育てるために夢を諦めました。だから、私は母の代わりに、その夢を追いかけたいって思ったんです……罪滅ぼし、みたいですけど」
「心春さん……」
「そして、私のお父さんに、届けたい歌があるのです」
と言っても、会ったことも、苗字も知らないんですけれど。
そう繋げる心春に、万理は目を見開いた。
「理由は知りませんが、お父さんとは私が生まれる前にお別れしてしまったみたいで……でもお母さんが私に隠れて涙を流しながらもお父さんを想っている姿を見てきました。お母さんはずっと、お父さんのことを愛していたんだと思います」
まだ小さな子供だった頃の心春は、夜中に目が覚めて、隣に母がいないことに気付いて部屋を出た。
そっとリビングを覗けば、涙を流しながら父の名前を呼ぶ母がいて、その光景が今でも忘れられずにいた。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
