４９ song. ページ50
視線の先には、目を兎のように真っ赤にさせて涙を流す龍之介をはじめ、楽や天がそこにいた。
「ちょ、アンタたち、いつの間にいたのよ！」
「森川が社長室に入ってくのを見かけて着いてきたんだよ」
「先日のこともあるし、森川さんが心配になってね」
でも、余計なお世話だったみたいだ。そう言って天は笑う。
三人は心春が社長室に入ってからのやり取りを一部始終聞いていた。声を震わせながらも、真っ直ぐに自分の想いをぶつける心春の声を聴いて、彼らの抱いていた心春の像ががらりと変わった。
自分が守ってあげないと、と思わせられた彼女の一本芯の通った姿に、三人は魅了されたのだ。
「で、その仕上がり？」
「ああ、龍のことは気にすんな」
「“推しが尊い”状態だから」
「だって、あんな、立派な姿を見せられたら、感動して」
ファンの姿と言うよりまるで父親のような台詞に「気持ちわかるなあ」と心の中で同調する万理。うんうん、と頷く万理の横でおろおろしていた心春は、慌ててハンカチを取り出し、龍之介へと差し出した。
「な、泣かないでください！ 涙より、十さんには笑顔が似合いますから！」
ね？ だから、笑ってください。そう繋げる心春に、龍之介はその場で膝から崩れ落ちた。
「…………好きです」
「きょ、恐縮です！」
「ねえ、そこの天然コンビ。美味しいケーキもらったんだけど、食べにいかない？」
二人のやり取りを呆れた表情で見ていた天が心春をティータイムへと誘う。ケーキの言葉に瞳を輝かせた心春が昔自分の歌を聴いて喜んでいた陸と重なり、思わずそっと頭を撫でた天。
「森川、龍を連れてきてくれ」と言って先を歩く楽。
「俺もいいんですかね？」と首を傾げる万理に「私もあやかるんだからいいのよ」と姉鷺。
「美味しいケーキがあるみたいですよ？ 楽しみですね！ 一緒に行きましょう、十さん！」と龍之介の手をまるで子供を連れた母親のように引く心春に、また「うっ」と心臓をおさえる龍之介。
そんな、なんとも不思議な集団がミーティング室へと姿を消した頃、社長室では宗助が一つの封筒を手に取り、その茶色をじっと見つめていた。
徐に中身を取り出せば、色あせた楽譜が姿を現す。タイトルの横には「森川佳乃」の名前が刻まれており、宗助はそっと文字をなぞる。
桜が舞い散る中で歌う女の姿が彼の脳裏に浮かび、それは花吹雪と共に消えてしまう。
力のこもった手の中で、楽譜がくしゃりと鳴いた。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
