４７ song. ページ48
「心春さん……本当に大丈夫ですか？」
「はい、ありがとうございます、紡さん」
鏡の前に立つ心春は、心配そうな様子の紡ににっこりと笑いかけた。
女子寮を共に出て、事務所へ向かう。入ってきた二人に気付いた万理はその目を大きく見開いた。
「ど、どうしたの、心春ちゃん……そのスーツ姿」
万理の目の前に立つ心春は、少し大き目なネイビーのスーツをその身に纏っていた。まだ高校生の心春にとって、馬子にも衣裳と言う言葉がぴったりだ。
「紡さんから貸していただきました！」
「そう、なんだ……それで、そんな畏まってどこにいくんだい？」
純粋な疑問を投げかける万理に、心春は決意を固めて口を開く。
「八乙女社長さんの元へ、行きたいのです」
その言葉に万理はさらに驚いた。
TRIGGERの冠番組の収録からまだ数日も経っていない。あんな酷いことを言われてもなお立ち向かおうとする彼女の姿は、小柄なのにとても大きく見えた。
でも、ひとりで行くのは駄目だよ。そう言おうとした万理の目の前に、小さな手が差し出される。
「一緒に来ていただけますか、万理くん！」
力強く紡がれたその台詞。万理はミュージックフェスタの日を思い出した。
『そういう時は「大神さん！私についてきて！」って言ってくれたら、俺はどこまでも君について行くよ』
自分自身が彼女へ言ったその言葉。あの時はまだ申し訳なさそうに「ついてきてきて、くださいますか！」と言っていた彼女が今は絶対的な信頼を抱いて、万理へその手をさし出している。その姿に万理は胸にこみ上げるものを感じて目頭が熱くなりながらも、その手をきゅっと握った。
「もちろんだよ、心春ちゃん！」
□ ■ □
「す、ごく立派な建物ですね……」
「大手の芸能事務所だからね」
高く聳え立つビルを見あげ、心春は圧倒されていた。
うう、と怯みそうになる彼女に、万理は「それでも、行くんでしょ？」と優しく微笑みかけた。
「……行きましょう！ 万理くん！」
まるでロボットのように歩き出す彼女にくすくすと小さく笑い声を零した万理は、その背中をゆっくり追いかけた。
八乙女事務所へ訪れる前、万理がアポイントメントを取ってくれたおかげで、受付で一言声をかければすんなりと社長室へ案内された。
アポなしで乗り込む気だった心春は、自身の考えなしの行動を恥ずかしく思いながらも、敏腕マネージャーの気配りに感心したのであった。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
