４２ song. ページ43
それから、天を中心にトークは進行していく。
心春が収録現場に慣れていないことを考慮し、答えやすい質問をしてくれたり、場を盛り上げてくれるような言葉を挟んでくれる。
(す、すごい。これが、プロの芸能人さん)
おかげでトークは終始和やかな雰囲気で終え、最後の歌コーナーへの準備が始まる。
万理から飲みものを受け取り、ふう、を心春は息を吐いた。
「お疲れ様。心春ちゃんらしさが出てたいい収録だったよ」
「ありがとうございます！ 実は記憶が曖昧で……私、変なこと喋っていませんでした？」
「あはは、大丈夫でしたよ」
よかったあ。と胸を撫でおろす心春。
「さあ、次に切り替えよう」と万理に手渡されたギターをきゅっと握った。
スタジオが設置完了し、スタッフに促されるままセットの中に入り、立ち位置の指示を受けた心春は目前に迫る本番に体を強張らせていた。
「緊張してる？」
カメラや音声の調整をしている間縮こまっていた心春に、天が優しく声をかけた。
「まあ、ライブと収録じゃ別の緊張感があるよな」
「わかるよ。でも俺、心春ちゃんの歌すっごく楽しみにしてるから！ 頑張れ！」
心春の心情に寄り添ってくれる楽に、ちょっと興奮したように励ましてくれる龍之介。
二人の優しさに、肩の力がゆるりと抜けて、勇気が湧いてくる。
「学園祭での森川さんは、会場中の人たちの心をつかんで、勇気や希望を与えた。同じことを、ここでだってできるんだ」
天は真っ直ぐに心春の瞳をとらえ、言葉を紡ぐ。
「目の前にいなくても、画面越しにだって君の想いは真っ直ぐに届くよ。龍や、僕たちにも届いたようにね」
最後にウインクを一つ送った天の言葉。胸のあたりが熱くなる感覚に、心春はぎゅうとギターを抱いた。
「森川さん、スタンバイお願いします！」
スタッフの声に、心春は「はいっ！」と、大きな返事をかえす。
最後に彼女の肩をとん、と叩いてカメラの奥へと向かって行くTRIGGERの背中は、心春にはとても大きく見えた。
大きく息を吸って、吐く。
瞼を閉じれば、心春の脳裏にいろんな光景が浮かんでくる。
心春の歌を愛してくれるIDLiSH7の皆や万理、紬、社長の笑顔。
路上ライブで楽しそうに歌を聞いてくれるお客さん。
学園祭での、熱気あふれる学生たち。
涙を流して喜んでくれた、マキとミサキ。
カメラの向こうに、皆さんがいる。
そう思うと、彼女にはもう怖いものはなかった。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
