22 song. ページ23
「で、できました……!」
楽譜を目の前にかかげ、心春の胸には達成感が溢れてくる。
万理の励ましのおかげで、あんなに苦しんでいたことが嘘みたいにフレーズが彼女の脳内に生まれた。完成までの間、万理は心春の大好きな紅茶をいれたり、摘まみやすい軽食を用意したり、至れり尽くせりなサポートをした。
作曲者の気持ちを分かってくれるようなサポートに、心春はちょっと不思議に思う。なんだか、慣れているような?
「心春さん、どうですか?」
「大神さん! できました!」
作曲ルームに顔を出した万理の顔を見たら、先ほどの疑問はどこかへ飛んでしまったように笑顔の花を咲かせる心春。
嬉々として楽譜を渡すと、その場で目を通し始めた。
「すごい、歌詞もできたんだね」
「今回は大神さんや事務所の方たち、それから、ライブで歌を聞いてくれてくれる方を応援するような曲にしました」
心春はきゅっと目をつぶる。瞼の裏には彼女の大好きな人たちや、笑顔で歌を聞いてくれるお客さんの顔が浮かぶ。
「私はいろんな人に支えられて、ようやく立っていられます。きっとほかの方たちも、くじけそうな時があると思うんです。そんな時、この曲を聞いて元気になってもらえたらなって」
「ちょっと、偉そうでしょうか」恥ずかしくなって意味もなく手をわたわたさせる心春を、万理はけして馬鹿になどしなかった。
「そんなことないよ。本当に、素敵な曲です」
心春さんの歌声でこの曲を聴くのが楽しみだな。そういって優しく笑う万理に、心春も嬉しくなって笑い返す。
「そうだ、皆が出るミューフェス、もうすぐ始まるよ」
「そうでした!」
今日はIDLiSH7が初めてテレビで歌を披露する日。ミューフェスと言えば若者を中心に視聴率を持った人気音楽番組。そんな舞台に先輩達が立つことは、同じ事務所の後輩としてとても誇らしかった。この間の野外音楽堂でのライブも、停電などのトラブルを乗り越え七人が作り出したステージに感動して号泣する心春を万理が懸命に慰めたのは記憶に新しい。
事務所のテレビ前で、心春と万理、社長は今か今かと皆の出演を心待ちにした。
やがて順番が回ってきて登場した七人の表情は、どこか硬かった。緊張もあるだろうが、何か違ったものを感じた心春。
イントロが流れ、歌が始まる。聞こえたのはいつもと違う歌声。
どうしたのでしょう……と心春が心配する間もなく、曲に空いた穴。
一織のパートが、聞こえてこない。
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作者名:冬眞 | 作成日時:2021年7月3日 13時