2 song. ページ3
公園の中央から端に設置されているベンチへと移動し、男性をベンチへと誘導した心春。目の前に立って、ギターを握り締める。
彼女の胸には、不思議と歌える自信が芽生えていた。
ゆっくり息をすって、歌を奏でる。
ギターを鳴らし、その音に乗せるように詩を紡ぐ。一人で歌っている時と比べれば緊張で硬い音色だった。だけど、目の前の男性が驚きながらも、きらきらとした瞳で歌を聴いてくれている姿を見て、昂る何かを感じて音が弾む。
最後の一音が、夕暮れに溶ける。
ふう、と息を吐き、閉じていた目を開ける。彼女の瞳には、呆然とこちらを見つめる男性の姿があった。
「あ、あの……いかが、でしたか?」
不安になって、語尾が萎む。ちらりと窺うように見つめると、男性はすっくと立ちあがり、心春の右手を両手でぎゅっと握った。
「君、芸能界に興味はないかい?」
「へ?」
急な話題に、心春は呆気に取られて間抜けな声を上げてしまった。
男性はスーツの胸ポケットから一枚の名刺を取り出して、彼女に差し出した。
「たかなし、プロダクション……」
「そう。まだ所属しているのはデビュー前のグループが一組だけなんだけど」
「あの、でも、なんで私を?」
先ほどの歌はまだまだ未熟で、お世辞にも魅力的ではなかったと感じていたからこその疑問であった。
卑屈になる心春に、小鳥遊は肩に優しく手を置いて、真っ直ぐ見つめた。
「今の歌声は確かに未完成なものだったかもしれない。だけど、僕はそんな君の歌声に圧倒されて、一瞬で虜になってしまったんだ」
小鳥遊の瞳をみれば、その言葉が嘘なんかじゃないとすぐに分かり、心春の瞳はゆらりと揺れた。
「君の歌声には、人を魅了する力がある。それは僕が保証するよ」
「あ、ありがとう、ございます」
歌声がこんなに評価されたのは、生まれて初めてだった。
思わず目頭が熱くなって、視界が歪んでいく心春へ、小鳥遊は紳士的にもハンカチをそっと差し出した。
「君は、どうして歌を歌いたいんだい?」
「歌を、届けたい人がいるのです。そして、紡ぎたい夢があるのです」
第三者からしたらとても曖昧な理由だろうけど、心春にとって、それがすべてだった。
小鳥遊は詳しく事情を聞くわけでもなく「その感情が、きっと君をもっと強くしてくれるよ」と、受け入れた。
そんな優しい小鳥遊だからこそ、心春は心から信頼することができた。
「よろしく、お願いします!」
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作者名:冬眞 | 作成日時:2021年7月3日 13時