58.愛溢れる人 ページ8
「いや!駄目だ!
生活させてもらっているからな!
少しばかりだが受け取ってくれ!」
「分かった。ありがとう」
私がしたくてしているから別にいいのに。
杏寿郎さんは律儀だ。
「そろそろ寝ようかな」
「うむ!また明日」
「また明日」
彼が部屋に行くのを見送ろうと、和室まで着いて行く。
彼の後ろ姿、逞しい身体、引き締まった腰。
無駄がない。
「おやすみなさい」
「おやすみ。君も冷えないうちに布団に入って」
「はい。…あ、杏寿郎さん」
自分から言っておいて、寝るのが惜しい。そう思った。
私は彼の袖を引っ張って小さな声で呟く。
「…やっぱり、もう少しだけ話をしたい」
目を丸くして驚いた彼。
猫のようなその瞳は、やがて細くなり、
少しだけ困ったように微笑んだ。
「うむ。話をしよう。君が眠るまで」
和室に入り、杏寿郎さんの隣に寝転んだ私は
微睡む瞳で天井を見ていた。
「杏寿郎さん、大正時代にもクリスマスはありましたか?」
「あったな!無論、この時代ほど派手ではないがな!」
なるほど。
彼は毎年どんなクリスマスを過ごしていたのだろう。
家族と過ごしていたのかな。
「クリスマスの日も任務に行くことが多かったからな。
それでも弟への贈り物は欠かさぬようにしていた」
そう言って微笑む彼の顔は
今にも落ちてしまいそうな花弁のように儚く、
とても優しいものだった。
鬼にはクリスマスとか関係ないのだろう。
彼の生活のそばには、いつだって鬼があった。
人を守るために。
それにしても、弟へのプレゼントを彼が用意していたのか…
たしか、父親も一緒に暮らしていると言っていたはず。
同じく鬼殺隊の剣士だったが、辞めてしまったとも。
黙って考えている私の心を見透かすように
杏寿郎さんは突然話し始めた。
「そういえば、君に話していなかったな。
父は母が亡くなってから部屋にこもってしまってな。
任務にも行かず、酒ばかりを飲むようになった」
「そうだったんだ…」
「父は俺の憧れだ。
それは今も変わらない。永遠に俺の目標だ」
「杏寿郎さんはお父さんのこと、愛しているんだね」
「無論、父のことも、弟の千寿郎も、
亡くなった母のことも愛している!」
家族愛に溢れた人。
「杏寿郎さんは何か欲しいものありますか?」
「ん?」
「クリスマスプレゼント」
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作者名:狐姫 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/kohime_yume
作成日時:2023年9月17日 0時