78.優しさ ページ28
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
トマトケチャップソースのいい匂いが
私の鼻をくすぐって食欲をそそる。
ふわふわの卵がかけられたオムライス。
一口食べると幸せな味が広がって
涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「美味しい」
「うむ！それは良かった」
「美味しい…美味しい…」
「うむ」
彼は私が泣いている理由を聞かずに、優しく微笑んで
頷きながら、ただ私の頬に伝う涙を拭ってくれた。
その静かな優しささえ、彼のこれからを思うと
辛くて仕方がなかった。
「杏寿郎さんはオムライスの卵みたい」
「卵？なぜだ？」
「一人だと…バラバラでこぼれてしまう私を…
優しく、温かく、包んでくれるから…」
眉を下げて目を細めた彼は、
私の手からスプーンを取ってオムライスをすくい、
私の口へと運んだ。
少し恥ずかしい気持ちもあったが、
口を開けてオムライスを味わった。
「卵だけではオムライスはできまい！
"バラバラでこぼれてしまう"ものであっても
その全てが大切な君であって、
俺はそんな君が、そんな君の全てが素敵だと思う。
だから、Aさんを包み込めるなら光栄なことだ」
「何で…」
「ん？」
「何で杏寿郎さんは自分も大変な時に、
人に優しくできるの…？」
私の問いに彼は目を丸くして驚いた。
そして目を伏せると、穏やかな顔で呟いた。
「大切な人の辛そうな顔を見ることほど、
自分にとって辛いことはない。
少しでも早く笑顔にしたいだけだ」
こんな素敵な人を早くに失いたくない…
生きていてほしい。
「…ありがとう」
彼といると、自分の余裕のなさを思い知る。
…あ、そうだ。
あのことについて確かめるために彼に聞いておこう。
「杏寿郎さん。
前にお渡しした小さなメモ帳、ありますか？」
「急にどうした？」
杏寿郎さんは不思議そうな顔で私を見つめている。
そうだよね。さすがに突然すぎたかも。
「あ、いえ！
使えるページがなくなったら新しいのを買おうかと…」
「なるほど！…それがな、申し訳ないことに
どこかで失くしてしまったようなのだ」
失くした…ということは、
やはり桃寿郎くんが持っていたものは
私が杏寿郎さんにあげたメモ帳なんだ。
「いつだったか、元の時代に戻る手がかりを探しに
君と初めて会ったあの場所へ行った日だと思うのだが」
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作者名：狐姫 | 作者ホームページ：https://mobile.twitter.com/kohime_yume
作成日時：2023年9月17日 0時
