75.彼が書いていたこと ページ25
「そんな…」
逝去…って。
杏寿郎さんが?二十歳で?
「待って…え?それって本当?」
「…残念ながら。千寿郎の手記にそう書いてありました」
「じゃあ、杏寿郎さんは元の時代には戻れるけど、
その先で…」
「恐らく…」
嫌だ。そんなの嫌だよ。
だって、まだ二十歳だよ?
やりたいことだってたくさんあって、
きっと素敵な人との未来だって待っているはずなのに…
「いや…嫌だよ。ねえ、桃寿郎くん、どうしよう」
桃寿郎くんは黙って私の手を握った。
その顔が杏寿郎さんと重なって、胸が熱くなり、
頬に涙が伝った。
「桃寿郎くんは、知っているの?
元の時代での彼のこれからを…」
「正確かは分かりません。
ただ、千寿郎が残した手記には書いてあります…」
私はそれを知りたいの…?
それを知れば彼の死を防ぐことができるの…?
「何だか申し訳ありません。
あなたを悲しい顔にさせたくて会った訳じゃないのに。
…どうしますか?」
私は…
瞼を閉じて浮かぶのは、
杏寿郎さんのあたたかい微笑み。
今の杏寿郎さんにとっての未来を知ってしまったら、
私はきっと泣いてばかりになりそう。
杏寿郎さんだったらどうする?
きっと、私の頭に浮かんでいる答えと同じことを
言うのではないだろうか。
「桃寿郎くん、ありがとう。
彼のこれからのこと、私は知らなくていい。
知るのが怖いっていうのもあるんだけど…
知ってしまったら、私、
どんな顔で彼と話をしたらいいのか分からなくなっちゃう」
そう言って笑って見せると、
桃寿郎くんは瞳を潤ませながらメモ帳をそっと開いた。
「やっぱり、あなたのことですね」
開かれたメモ帳に目をやると、
そこには綺麗な文字でこう書かれていた。
"可惜夜に出会った君は、辛くても笑う人。
見ず知らずの俺に優しく尽くしてくれる人。
いつの日か、俺が元の時代に戻ったとしても、
君からもらった温かい気持ちは無くなることはない。
優しく、儚い君だから、人一倍傷つきやすい。
俺がそばにいる限りはたくさん話を聞こう。
もし、消えてしまったとしたら時々読んで思い出して。
君に救われた一人の男の話をここに残そうと思う"
「こんなこと書いていたのね。
あの時は元の時代に戻った時のために千寿郎くんに
伝えたいことを書くって言っていたのに…」
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作者名:狐姫 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/kohime_yume
作成日時:2023年9月17日 0時