36話 ページ38
「ひーな」
「――」
「……かな」
「――」
いつもの住処。キングサイズのベッドの上、こちらに背を向けて立っている二人の名前をひたすら呼ぶ。
だが、いくら名前を呼んでも沈黙の繰り返し。珍しく二人して怒っているようだった。
原因は俺がウェイターと寝たことだろう。
いや、それだけならいつものことだからひな一人が不機嫌になる。しかし、かなも含めて機嫌が悪いのは、俺が正体がバレてもなお寝たからだ。
「何かあれば呼べ」、そう言ったのに俺は呼ばなかった。――それに憤慨しているのだ。
「んー……」
正直困っている。
ひなはまぁ、機嫌など簡単に直せてしまうが。かなは別だ。あいつはめんどくさい。
どっちかって言うと根に持つのはかなだ。何かあるたび昔の失態を持ち出して戒める。
「あー……ごめんな」
「あなたは昔もそう言ってましたね」
ほら出た。
居心地の悪さを感じ、その場で身動ぐ。少し目線を下げて言った。
「そうだけどさ。今回は本当にやらかした。あいつ……たぶん警察関系のやつだ。それも厄介なほうの」
「それって公安の……"ゼロ"ですか?」
「……ま、ただの勘だけど」
すると、かなの機嫌が更に傾いたのを感じる。ひなはもうどうでもよくなったようで、かなの怒り具合に呆れている。
それから俺の隣に座り、肩に頭を預ける。特等席を占領しご満悦そうなひなは、かなに声をかけた。
「もういいでしょ要さん。Aさんがあいつと不本意にヤったことで、大事な情報も得られたんですし。いつまで怒ってるんですか?子供かよ」
いや口悪。――俺のせいか。
「黙ってろ、つばさ」
「――っ」
ビリッと肌が震えた。いつも以上の低い声にひなも、俺も驚いた。あ――そうか、かなはマジで怒ってる。
それまで背を向けていたかなはこちらに顔を向ける。切れ長の目尻が更に吊り上がり、鋭い眼光が宿っている。
「いい加減にしてください。あなたは本当に組長としての自覚がお有りですか?」
「……ある」
「ならなぜそんな風に死地に向かうんですか。連中ともそうだ、あなたは不必要に関わる。いつ死ぬかもわからん俺たちが、自ら死に向かっちゃ無駄死にでしょう!先代の意思をあなたは受け継いだんじゃないのか!?」
激昂する。形相も激しく変わり、まくし立てるような口調になる。――そして、言った。
「赤井秀一が死んでからあんたは死に向かってる!自覚してください――あなたの命は重い。あなたが死んだら梟夜組が……先代の家がなくなるんです……!」
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