17話 ページ19
「――た、頼む……もうここでヤク売ったりしねぇから!い、命は……っ」
涙と血で汚れた顔を歪めて、必死に命乞いをする。
その男の姿を褪めた目が見下ろし、煙草を口から離して言った。
「ひな。――やれ」
そう、冷酷に告げる。
側に控えていた長身の男が頷き、拳を振り上げて男を何度も殴り付ける。
賑やかな繁華街は、男の悲鳴を無情に掻き消す。
あ、と靴に飛んだ血を見る。すると、やはり控えていたもう一人の男が、ハンカチを手に血を拭った。
「ありがと。それ、寄越せ」
「いえ、お気遣いは」
「んー?」
小首を傾げて、無言で見つめる。渋々渡したハンカチを懐にしまう。
吐いた煙が渦を巻いて消える様を見上げ、いつの間にか静かになったなと気が付く。
「組長。終わりました」
頬に血を付けた男が、言う。彼の赤茶色の髪を撫で、薄く微笑む。
「あーあ、キレイな顔が汚れちゃったな」
「気にしないでください。組長の役に立てて、嬉しいから」
デカい図体のくせして可愛らしく笑う。その笑顔を受けて、可愛いんだから、と呟いた。
背伸びをして、唇から舌を出す。
白い頬を汚した血を舐め取り、ついでに唇にキスを落としてやると、硬直した彼が一言。
「もう一回」
「それじゃあご褒美じゃないだろ。ほら、サツ来る前にずらかるぞ」
「Aさ〜ん……」
「つばさ。のびてるとはいえ、人がいる前で名前を呼んだら駄目でしょう」
「あ、そうだった。もう一発殴っときます?」
既に半殺しにしているのに、さりげなくもう一発と殺す発言をする。
あまりに忠実な男に苦笑し、首を横に振る。
そして二人を連れて、血生臭い路地から立ち去る。――雲から顔を除かせた月が男の顔を照らした。
「――」
金髪に黒のメッシュを差し込み、美しい月を褪めた目に映し出す、スーツ姿の整った顔立ちの男。
色気漂う美人な男に行き交う人々が足を止めて、その姿に思わず見惚れる。
周囲の熱い視線をまるで気にしないで、夜中でも騒がしい町を歩いていく。
――何も、変わらない。
変わりを見せない、日々。
誰かの血に汚れて、賑わいを見せる夜を歩く。迎える夜明けは夜みたいに冷たく感じる。
あいつは、俺に呪い(約束)を残して消えた。
それとも本当に消えたか。
楽しく感じるはずの毎日は、つまらない。自由に変わりないのに、縛られているようだ。
――人と深くなりたくない。
俺を理解して言ったくせに、他ならぬお前がその原因となるのか。
「……秀一」
他は変わらないのに俺だけは、お前のせいで変わった。
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