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「たまには良いじゃない。」
北斗くんが話すと、振動が背中に伝わってきて体全体が耳になったみたいだった。北斗くんの肩に頭を預けると顔が見える。下から見ているのに綺麗。フェイスラインをなぞると擽ったいのか身を捩って避けられた。
「さっきはごめんね。大声出して。」
「ううん、いいの。私もごめんね。」
さっき、とは1人で出かけたいと言ったときのことだろう。柔らかい声を出すことが多いから、確かに少しだけ怖かった。
「Aが謝る必要はないんだよ。いつかは1人で外出できるようになりたいと思うのも当然ではあるからね。」
北斗くんはふぅーと長く息を吐いて、髪をかきあげた。自分に言い聞かせるみたいだった。
「あそこは事故が多いわけじゃないし、Aが2回続けて…なんてことは天文学的な確率だって言うのはわかってるのよ。でもやっぱり、まだね、見送ったときのことを思い出しちゃって。」
私は、事故直後のことはあまり覚えていない。スリップした車が物凄い勢いで突っ込んできて、私の体は宙に舞った。そこから先覚えているのは、ぼんやりと見えた真っ赤な雪、鉄の匂い、私を呼ぶ北斗くんの声、私が体から抜けていくような感覚。
でも、北斗くんはそれをつぶさに見てしまったのだ。私が覚えているよりももっと鮮明に覚えていると思う。思い出してくれたから私はここにいるけど、なんて残酷なことだろう。
お風呂に入ると体力を消耗するから、やっとの思いで下着を身につけたあとは座り込んでしまう。そのあと、北斗くんは少し嬉しそうな顔でパジャマを着させてくれる。
「前より筋肉ついたんじゃない?」
「そうかな。」
「前触った時よりお腹が引き締まってたよ。」
「もう!やめてよ!」
私が怒ると、北斗くんはいたずらっ子のような顔でくつくつと笑った。筋肉を確認するためにあの体勢になったわけじゃないでしょうに。
「でも体力はまだまだだなぁ。お風呂も満足に入れない。」
「それは仕方ないでしょうよ。ずっと眠ってたんだから。」
「それはそうだけど…。」
「そのわりには回復が早いんじゃない?お医者さんも言ってたじゃない。」
担当医は、驚異的な回復力だ、医学的に考えられないほどだと言っていた。普通はね、昏睡状態になった後はもっと筋肉は収縮するものですし、お話できるくらいに回復なさるのは極めて稀、回復したとしてもずっと時間がかかるんですよ、と。
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作者名:睡蓮 | 作成日時:2023年5月30日 1時