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砂浜を踏みしめるたびにぎゅっぎゅっと鳴る音や全てを抱き抱えるような広さの海と乱反射する光、そして波の打ち寄せる音。そこにある全てが美しかった。……生きていると思った。そしてAに見せたいとも。Aが今の生活を不健全だと言い、しきりに外に出たがる理由がわかった気がした。どんなに幸福でも家の中にいると空気が篭もる。そして生気が死んでゆく。多分これはすごく感覚的なもので、ある種のスピリチュアル的なものだ。
海は二度と同じ形にはならないが、そこにあるということも変わらない。Aとの関係性が変わることを恐れる必要なんてなかったのだ。愛しているから、それでいいと思った。お互いの気持ちがあれば、在り方が変わったとしても本質的な部分が変わることは無いと思った。
「楽しんでんな。」
京本の隣にいたはずの樹がいつの間にか俺の後ろに立っていた。
「黙っててって言われたけど、北斗の顔みたら言いたくなったわ。
Aちゃんがお前のこと連れ出してくれって言ったんだよ。」
樹が海に行こうなんて珍しいと思っていた。Aがそう言ったと聞いて、腑に落ちた。
「Aがそう言った理由がわかったよ。
後ろ向きだったのよ、俺。繋ぎ止めようとか、治ったら俺から離れていくんじゃないかとかそういう良くないことばっかり頭に浮かんで、どんどん疲れていくし、2人で部屋に篭ってるとそれがぐーっと加速していって止められなくなっちゃってたみたいでね。
外に出て体で感じると、そういうことがよく分かる。
自分を客観視できたような感じ?海見て心が洗われたような感じがする、とかってほんと、陳腐なのはわかってるんだけどさ。やっぱり大事なのね、こういうのって。」
俺が一通り話終わるのを、相槌をうちながら聞いていた樹が笑った。
「ほんっとうにお前ってよく喋るのな。びっくりするわ。」
「うるせぇな、喋るのが好きなんだよ。」
「あと思ったのがさ、Aちゃんって北斗のことよく見てるよな。」
「それは俺が一番よくわかってるよ。毎日隣にいるんだから」
樹がやれやれと首を振った。また始まったか、という顔をしている。
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作者名:睡蓮 | 作成日時:2023年5月30日 1時