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いよいよ喉を唾液で潤しきれなくなり、諦めて起き上がった。Aがいないからとベッドの真ん中で寝たはずなのに、右側には1人分の空間が出来ていた。Aを好きでたまらない自分を少し笑った。そして緑茶でも飲もうとキッチンに向かった。
寝室はリビングに繋がっていて、この家のどこにもAがいないことを思い知らされる。Aを見送ったあとの部屋は、どこもかしこもAの気配がするのに本人だけがいなくてちぐはぐだった。2人分のお茶を入れてしまったり、お風呂を沸かしたあと呼ばれるのを待ってしまったりと、とにかく上手くいかなかった。いないことによって、Aの気配が強まったような気さえした。
そしてなにより、Aのいない部屋が恐怖だった。記憶が曖昧な頃に戻ったようだった。暗い部屋でじっと座り込み、絶望の匂いの中で来る日も来る日も世界を呪い続けた日々。あのときとは違う。もちろんそれは理解している。それでも心が追いつかなかった。
つい数時間前までAがいたことで、あの頃と記憶が戻ったときが重なるようにして迫ってくる。もう戻っては来ないと告げられたような気分になった。悪い考えを追い出すようにゆるゆると頭を振り、自分に言い聞かせる。
大丈夫。Aは戻ってくる。
ともあれ、明日のためにもう一度寝なくてはいけない。
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作者名:睡蓮 | 作成日時:2023年5月30日 1時