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きっと、微妙な表情をしてしまった。それを見たからAは隣にいてと頼んできたに違いない。Aに気を使わせてしまった。奥底に閉じ込めておいた欲望は、気がついてしまったあの日以来、依然として存在している。蓋を閉めてもう一度沈めようとしても上手くいかないままでいる。
「お母さん!」
「あら!…階段まで降りれるようになって、頑張ってるのね。」
お母さんは、Aの姿を見て涙を湛えている。そうだよな、そうであるべきなんだ。デモ、オレハソウオモエナイ。胸に、汚い黒い染みのような感情が広がっていく。
「ありがとう、北斗くん。本当はちょっと怖かったの、階段。」
「危なげなくって感じだったよ。」
「そうかな?嬉しいな。」
Aがお母さんのそばに寄ったのを確認してから、車椅子をトランクに入れた。
「ありがとうね、松村くん。何から何までごめんなさい。」
「いえ、全然。お気をつけて。」
「ありがとう。」
エンジンのかかる音がして、Aが窓を開けた。お母さんと一緒にいる時に見せる子供のような表情が珍しくて愛らしい。風で前髪がめくれ、丸いおでこが顔を出した。
「北斗くん、BBQ楽しんでね。」
「ありがとう。写真送るよ。」
「楽しみにしてる。」
Aはにっこりと笑って窓を閉めた。一生懸命に手を振るAの目を見ることが出来なかった。
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作者名:睡蓮 | 作成日時:2023年5月30日 1時