13 ページ13
.
何日か泊まりに行っていいか…と母に聞くと、母は喜んで、電話越しでもにっこりと笑っているのがわかる声でお父さんも喜ぶ、と言った。
「でも、急にどうして?前はあんなに帰りたがらなかったのに。」
「帰りたくないわけではなかったよ。」
伸びた髪をクルクルと指に巻きつけながら答えた。毛先の方は茶色く、少し傷んでいる。
「松村くんと離れたくないって全身からオーラみたいに出てたよ。」
「それは間違いないかもしれない。」
思わず笑ってしまった。今とは何もかも違うあの頃。もっと正常で健やかな幸福に包まれていた。今だって間違いなく幸福だと思うけれど。
「松村くんと喧嘩したなら、言いたいことは全部言った方がお互いのためよ。遠慮してもいい方向にはいかないし、オマケにつまらない。」
「喧嘩なんてしてないよ。」
「じゃ、喧嘩する予定ね。」
あっさりと、随分なことを言う。面白い人だと我が母ながら思う。
「そんな予定組むわけないじゃない。」
「わかんないよー。でもあんた達なら大丈夫よ。なんでも乗り越えそうな気がする。」
心配性なわりにどっしりと構えていてくれる母に安心する。実際に一緒にいると俗っぽいんだけど、時折海のようなところを見せる。全てを見てきたような偉大さ。
「信用してくれているのね。」
「あなたじゃなくて松村くんをね。あと何かあっても田中くんがいるし。」
「はいはい。」
樹くんに対しても絶大な信頼を寄せていることに笑いながら、電話を切った。私たちの家なのに、ほんのりと実家の香り─いつだって私のことを受け入れてくれる空気や、嗅ぎなれた柔軟剤の香りを包括したもの─がした。あたたかかった。
.
248人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:睡蓮 | 作成日時:2023年5月30日 1時