小児科病棟の日常【浦島坂田船】【ATR】 続

カルテ４９． ページ8

A先生がベッドに寝たきりになって２日が経った。

みんなに覇気がないのが、僕でも分かる。


僕も、ちょっとだけ、朝から調子が悪くて、それでも、みんなだって一緒だから。


自分だけが言えるわけもないし、気持ちが落ち込んでいるだけだから。





…だからって、油断した。









「……ら、せん………、せんら、センラ！！」


誰かの声が聞こえて、目をうっすら開けると、ぱっちりとした赤い瞳と目が合った。


「さ、かた…。」


思ったよりも声が掠れていて、自分でも驚いた。

でも、それよりも気になることがあって、



「おれ、なに、あったん…？」



自分はどうして床に倒れこんでいるのだろう。

どうしてちょっとだけ視界がぼやけているのだろう。

どうして色んな所が痛いんだろう。



自分の置かれた状況がいまいち掴めない。

それだけで、なんだか不安になってしまう。



「だいじょーぶやから。それよりしんどない？まだ血の気引いとるけど。」



そう言われて気が付いた。あ、貧血だったんだ、と。

いつもならすぐに気が付くけれど、如何せん今回は全く頭が働いてくれない。

きっと今、自分の脳はA先生のことを考えていて、他のことを考える余裕なんてないんだ。

…つくづく自分のことを大切にしない奴だと、他人事のように思ってみたりもする。



「あたまが回ってない。」

「なんやそれ。」



ほら、もう１枚掛けとっからお前はもう寝ろ、と別の声が聞こえたと同時に体に何か軽いものが乗っかってきた。



とても頼もしい、年長組の１人の小さい彼の声が聞こえたのが、その日の記憶の最後だった。








「寝たな。」


少し心配そうだけど安心したような、そんな表情を浮かべるうらたさんがそう言った。


「センラくん、大丈夫かな。」


センラくんはきっと先生に迷惑をかけたがらない、そう思って自分たちで対処してみたのだ。

本当は良くないことだと分かってはいるけれど、そうした方がいい、とみんなで決めてしまった。


「一応ナースコール押したから、大丈夫やと思うけど。」


ー僕は、何もできなかった。

惨めな気持ちになって、少しだけ下を向いた。

なのに、




「まふ、ありがとな。」


どうして。





「センラのこと、心配してくれてありがと。」

「センラも安心しとったで！」






人の優しさに触れるのは、久しぶりだった。








「ううん、こっちこそ。」








頬を伝ったのは、汗、じゃないのかもしれない。

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